神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「わたし……ここは……」

身体を起こした椿は、記憶の糸を手繰り寄せるように、辺りを見回す。ふいに上げられた片手が、自らの髪に触れた。

「いただいた組紐……わたし、髪結いに使わせてもらっていて……。あの法師さまの手に……追いかけて呼び止めようとして、それから──」
「椿ちゃん。無理に思いださなくてもいいの」

懸命に事の次第を思いだそうとする少女の言葉を、咲耶はさえぎった。
いらぬ出来事(・・・・・・)は、思いださないほうが良いと、判断したからだ。

すると、椿がハッとしたように咲耶を見返す。

「申し訳ございません、姫さま! わたし、なんということを……大切な組紐を、無くしてしまうだなんて……!」

顔色を変えて謝る“花子”の少女に、咲耶は軽く首を横に振ってみせる。
口もとを覆った咲耶よりも小さな手を引き寄せ、自分の手を重ねた。
やわらかな体温が戻ったことを確かめるように、咲耶は椿の手をギュッと握りしめる。

「大切なのは、椿ちゃんなの。だから……もう、帰ろう?」

咲耶の言葉にとまどいを見せつつも、椿が素直にうなずく。

二人のやり取りを見守っていた“眷属”たちが、ホッと息をついたのが分かった。咲耶は顔を上げて、彼らを代わる代わる見る。

「じゃあ次は、転々とタンタンだね。犬貴たちは、何か知ってる?」
「ああ、そのことだけどな、咲耶サマ」

応えたのは、犬朗だった。
どうやら異変を感じとった犬貴が、転々らの元に行き“霞のなか”へと運んでくれたらしい。
生命力を奪われただけなので、しばらく養生すれば大丈夫だそうだ。

「椿ちゃん、立てる?」

『彼岸にあった魂』を引き戻した手前、咲耶は椿の身体の状態を気にかけ手を貸す。

恐縮しながら椿が立ち上がり、地に足が着いた、まさにその瞬間、だった。
椿の足裏から光が放たれるようにして、まぶしい輝きが部屋の隅々にまで走った。

あらかじめ存在していたのかと思わせる、地に浮かぶ、模様。──描かれていたのは、曼陀羅(まんだら)だった。

「咲耶様っ」
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