神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……大義の前の些事(さじ)をあげつらうとは。見た目に反し、幼い“花嫁”であったか。残念なことよ」

ゆっくりと(かぶり)を振る姿に、咲耶は、自分と男の価値観の隔たりを感じ、いったんは口を閉ざす。

これ以上の議論を交わしたところで、何が生まれるわけでもない。互いの主張は互いに相容れない……それだけは解ったのだから。

だが咲耶には、ひとつだけ、何をさし置いても譲れないものがあった。

「あなたの目的も考えも理解はできませんが、知ることはできました。
その上で、はっきりと言わせてもらえば、あなたと私の道は違うんだってこと」

法衣(ほうえ)をまといながら、その本質たるものを見失っている者へ向け、咲耶は決別を告げる。

「私は、あなたには協力しません」

ゆるぎない想いでもって応じた咲耶を、のどの奥で笑い、道幻が歩み寄ってきた。

「……そう我を邪険にするものではない。
ぬしと我は同じ境遇にある者──同士なのだから」

遠くのほうで、雷鳴がとどろく。堂の外では、雨脚が強まっていた。

道幻の声は大きくも小さくもない。雨音に消されたわけでもないが、咲耶は自分の耳を疑った。

「え……?」

虚を()かれ、近寄る壮年の男を見上げる。

「ここではない何処かより喚ばれた存在。
つまり──我はかつて白い“花婿”と呼ばれる者であった」

衣のそでをめくり、咲耶に見せる。
道幻の毛深く太い腕にあるのは、見覚えのある白い“痕”。咲耶の手の甲にあるものと、同じだった。

咲耶の頭のなかで、こちらで得た情報が錯綜(さくそう)する。目の前にある事実と、自分がいままでに伝え聞いた話──。

「どういうこと? だって……」

下総ノ国(しもうさのくに)”の歴代の“神獣”は男が多いが、先代のハクコは女で、自らの“花婿”を手にかけたという。それが、咲耶が沙雪から聞いた話だ。

(和彰は、お母さんにお父さんを殺されたんだって……)

“神獣”という特別な存在であっても、心をもつモノである以上は、咲耶と何ら変わるものではない。
だからこそ咲耶は、あの時、いたたまれない気がしたのだ。
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