神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
声もだせない咲耶を見ているのは、白い水干(すいかん)を身にまとう、冷たい眼をした美貌(びぼう)の持ち主。
──誰と、見間違えようがあるというのか。

握られた拳から滴り落ちる、鮮血。
あの手が自分に触れたぬくもりも、確かに咲耶は覚えていた。

「うそっ……こんな、こと……。和彰が、するわけがないっ……!」

道幻がまた良からぬ術を遣い、咲耶を惑わせているのだ──。

呆然として動くことのできない咲耶を、部屋の調度品でも見るような関心のなさで映す瞳。
咲耶に対し、なんの感情も見せない青年に、たまらずに無意味な問いを放ってしまう。

「和彰、なの……?」

呼びかけた声は、応じるはずの者が消えた空間へと吸い込まれた。
現れた時と同様、一切の兆しも見せず、白い“神獣”の“化身”は、すでにこの場にはいなかった。

緩慢な動きで、咲耶は首を横に振る。信じたくない思いが強すぎて、にわかに現実が受け入れ難い。
──鼻の奥へと入り込む血の臭いに、身体は拒絶反応を起こしているのに。

「……っ……!!」

言葉にはならない声が、咲耶ののどを焼くように出た。それは、咲耶の心の悲鳴だった。

そして、道幻の“呪”によって見せられた凶夢の比ではないところへと、咲耶の魂は、落ちていくのであった……。





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