神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
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闘十郎の警告の意味を犬貴が真に理解したのは、『気を失っているだけ』と思っていた“主”が、翌日もまたその翌日も──ひと月近くに渡って、目を覚まさなかったことによってだった。
「……咲耶様は、いつお目覚めになるのでしょう……」
“神獣”の対となる存在が異世界より喚ばれ、最初に降り立つ場所。
各国にひとつずつある、特別な“社”に、犬貴たち“眷属”は集っていた。
「ちょいと坊主! あたいらがあえて言わずに我慢してきたことを、よくも言ったわね!」
シャアッ、と、威嚇音を発した転々の前足の爪が、たぬ吉の背中を容赦なく引っ掻いた。
「ひっ……ご、ごめんなさいです、皆さん!」
「──まぁ、タンタンの気持ちも解るぜ。こんだけ八方手詰まりじゃあな。
旦那さえ居てくれりゃあ、簡単に咲耶サマを目覚めさせてくれただろうにさ」
タヌキ耳を伏せ涙目で謝る たぬ吉に、犬朗が助け船を出す。その視線は、犬貴に向けられた。
「結局、“神獣の里”とやらも空振りだったんだろ? やっぱ、どう考えても愁月のオッサンのとこじゃねぇの?」
「……“神獣の里”にも我ら“眷属”ですら入れぬ地があるのだ。そこに居られる可能性がないわけではない」
「可能性でいうなら、愁月ンとこが一番だろーが。確かに厄介な“結界”だけどよ、俺とお前の力を合わせりゃブチ破るくらい──」
「ハク様や咲耶様のご命令なしにそんなことをしようとしてみろ! 私が先にお前をこの世から抹殺する!」
赤い甲斐犬の軽口まじりの提案に、黒い甲斐犬が本気の忠告で応じる。
おい、と。首を締め上げられながらも動じない素振りで犬朗が言った。
「黒いの。お前、少しヘンだぞ? そりゃ、旦那もいなくて咲耶サマも眠ったままじゃ、ヘンになるのも分からなくもねーケドさ。
いつものお前なら──」
犬朗の言葉を最後まで待たずに、犬貴はその胸ぐらを突き飛ばし、赤虎毛の犬を睨めつける。
「仮に、愁月様の御屋敷に強硬突破を決行したとして、周辺に被害が出た場合、ハク様や咲耶様のお立場が悪くなる。
この国において、現状、“主”様の地位が低いのは事実だ。咲耶様が岩牢に入れられたのを忘れたわけではあるまい?」
「……お前な。今頃ソレ持ち出すのかよ……」