神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
過去の己の過ちを指摘され、隻眼の虎毛犬は片方の前足で額を押さえた。反論する気が()がれたらしい。

犬貴はそれを見届け、タヌキ耳の少年とキジトラ白の猫に目を向けた。

「ハク様から『生命力』が与えられぬ今、余分な力を使うことは避けたい。
そして、我ら“眷属”の行いは“主”様に還るもの。良きにしも()しきにしも」
「は、はい!」
「そんなの当然だわさ。分かってないのは、そこの阿呆(あほう)な甲斐犬だけ!」
「うわ、テンテン、めっちゃ偉そうじゃね?」
「偉そうじゃなくて、あたいのが偉いの!」
「ハァ~? なんだこのドラネコ、丸焼きにして食っちまうぞぉ?」
「やれるもんならやってご覧! 阿呆ヅラのお間抜けイヌ!」
「あ、あの、犬朗さん、転々さん! ここはその、狭いんで──ふぎゃっ」

『阿呆な甲斐犬』と『偉そうなドラネコ』の追いかけっこに、タヌキ耳の少年が踏み台と化している。
彼らの一方の“主”が見れば、苦笑いをしながらも微笑ましい光景だと思ったであろう。

(咲耶様……)

そんな馬鹿馬鹿しいほどに騒がしい“眷属”たちの姿を視界に入れながらも、生真面目な“眷属”の胸中は、別のところに思いを()せていた。

(あの方は、私を(なじ)るだろうか?)

肝心なことを伏せ、過去を語った自分を。
“眷属”として、望外な信頼を寄せてもらっているのを解っていながら、何も語れなかった(・・・・・・)自分を。

(いや)

あの優しい“主”は他を責めたりはしないだろう。だからこそ、心苦しいのだ。

(いっそ、役立たずの犬めと、罵ってくださればいいのに……)

“主”の目覚めを待つのは、そんな卑しい願いのためなのかと思うと、自分が情けなくなる。
だが、それ以上に、あのやわらかな眼差しと声、あたたかな御手に触れられたいと、願うのだ。

(それは、私だけの望みではあるまい──)
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