神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……ってぇ……。やっと道らしきとこに出られた……」

(なんだ、子供じゃない)

転ぶように茂みの影から出てきたのは、粗末な継ぎはぎの着物姿の七八歳くらいの男の子だった。
裸足の足裏をさすっていた手が、咲耶の存在に気づき、止まる。

「……ねえちゃん、虎の神様の嫁さんか?」

犬貴の警戒ぶりに、暴漢を連想してしまっていた咲耶は、拍子抜けしながら応える。

「えぇっと……まぁ一応、そんなとこかな……?」
「ふーん。……白いの? 赤いの? それとも……黒いの?」

最後の問いかけに、子供の目がわずかに底意地悪く見えた。
咲耶の背筋が、また、ぞくぞくとした。……犬貴から与えられる感覚なのだろうか?

「えーとね──」
『咲耶様!』

(とが)めるような犬貴の制止に、咲耶はその先の言葉をのみこんだ。
子供が、そんな咲耶をいぶかしげに見上げる。次の瞬間、おおい、と、野太い男の声がした。

「父ちゃん……? ──父ちゃん! おいら、ここだよぉ!」

子供の張り上げた声を聞きつけたのか、野良仕事風の男が、子供が出てきた所から現れた。ホッとしたように、子供に近寄る。

「よかった、お父さんがいてくれて」

正直、迷子を送り届けられるような余裕は、咲耶は【あちらでもこちらでも】持ち合わせてはいない。
だから思わず本音がでたのだが、男親は、ぎょっとしたように咲耶を見た。

「あんたは、まさか……!」

言った男の目が咲耶の全身を注視する。視線が、胸もとを押さえた右手で止まった。

「やっぱりな……。あんた、白い虎の“供物”だろ? 気の毒に。
まぁ、俺らには関係ねぇことだけど【“供物”に食い物をやってる身】から言わしてもらうとだな。いいかげん、役に立たねぇ神様はいらねぇってこった。
【でかい獣】を(ふと)らせるだけで、こちとら一向に恩恵にあずかれねぇ。
できそこないの“神獣”を、いつまでも【飼ってる】お公家サマの考えることは分からねぇが……いい迷惑だ!」

ぺっ、と、地面につばを吐き、子供の父親が咲耶をにらむ。ぞくぞくとする感覚が、いっそう咲耶のなかで強くなる。
直後、だった。頭のてっぺんが、ぐいと上に引っ張られるような気分にとらわれた。──勝手に、口が開く。

「只人の分際で、よう申した」
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