神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……事実はどうあれ(・・・・・・・)闘十郎は有りのままを尊臣に報告した。

つまり──道幻が息絶えた横でお前が血まみれで倒れ、闘十郎が着く前にお前の“眷属”が、すでにあの場にいた、と。

……これだけの状況報告では、お前を護るため“眷属”が道幻を襲い、(あや)めたと考えるのが筋だろうな」

言外に『違う事実』を知る咲耶に確認するように、あるいは『その事実』を伏せるように、百合子は話を続ける。

「常には“眷属”とはいえ只人を手にかけたモノは、処罰の対象となりえる。
そして、『人でないモノ』は私と闘十郎が処分(・・)を受け持つ。

だが、お前が“下総ノ国”の白い“花嫁”であることを考えれば、“眷属”が“主”を護るため手を下したのは、至極まっとうなことだ。

相手が自らの死を偽装した“花婿”で、なおかつ“花嫁”を我が物にしようと企んでいたのなら、(とが)がどちらにあるのかなど言うまでもない」

ひと息に告げた百合子は、咲耶をじっと見つめた。

「少なくとも、尊属を殺めたなどという事実よりは、な」

暗い穴の底をのぞくような陰鬱(いんうつ)とした瞳の色。百合子の表情は、咲耶に、彼女のなかにある塞いだ想いを感じさせた。

(和彰がしたことを百合子さんは気づいてるんだ。気づいていて、事実を伏せようとしてる……)

真意は解らないが、百合子の態度からは如実にうかがえた。それは、和彰の為というよりは、百合子自身の心の問題のようだった。

「律令下で尊属殺しは重罪だ。私や、お前のいた世界と同様にな。
……たとえそれが“神獣”と呼ばれる存在だとしても、民や官からすれば赦し難い罪に映るはずだ」

百合子の言葉に、咲耶は学生の頃に社会科で習った授業をうっすらと思い返す。
昭和にあった事件をきっかけに、違憲とされた法律だったのではないかと。

だが、百合子の知っている法を自分の知り得た情報とすり合わせたところで、事実が変わるわけではない。
いま一番の問題は──。

「百合子さん……私が知りたいのは、なぜ和彰があんなことをしたのかって、ことなんです」

思うように出ない声はか細く、まるで咲耶の胸の内にある心もとなさを表すかのようだった。

「そのことだが」

重い口調で百合子が言いかけた瞬間、

「咲耶さまぁっ」
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