神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(かたく)ななまでの距離の置き方に、咲耶の内にささやかな嗜虐(しぎゃく)心が芽生える。

「私……起きて間もないの。あんまり大きな声も出せないし、そんな遠くにいられたら、うまく言葉が交わせない」
「…………はい」

これ以上“主”の意に背くことができないと観念したのか、姿勢を正したまま、犬貴はゆっくりとひざを進め咲耶に近づいた。
手の届く範囲にまで来たところで、咲耶は声をかける。

「自分を責めてるんでしょ? 犬貴」

唐突に低くもちだした咲耶の問いかけに、黒虎毛の犬の耳がぴくりと反応する。苦々しい響きの答えが返ってきた。

「……どうか、私をお赦しにならないでください」

思った通りの返答に、咲耶は嘆息する。

「和彰なら──」

口にした真名(なまえ)にわずかに声と身体が震えたが、構わず、咲耶は自らを律する“眷属”に告げる。

「たぶん、こう言うわ。
『お前を処したところで、何にもならぬ。捨て置く』って。
だけど、私は和彰じゃないからあなたにきちんと罰を与える」

百合子を除き、場にいた者が息をのむのが分かった。咲耶の言葉は“眷属”たちにとって、想定外だったらしい。

咲耶は、まだ思うように動かない左手を上げた。ぺちん、と、人差し指と親指の先で犬貴の額をはじき、にらむように見据える。

「自分ひとりで、何もかも背負わないで」
「──咲耶様……」

仕置きにすらならない“主”の行いにか。それとも、深い想いのこめられた言葉にか。
咲耶を見返した犬貴の目が、大きく開かれた。

「あなたには、私という“主”も仲間である“眷属(みんな)”もいるでしょ? ひとりで抱えこまないで、私たちに話して欲しかったわ。
……そりゃあ犬貴からしたら、私も含めて、頼りない面々かもしれないけども」

最後は冗談めかした言い方になった咲耶に、犬朗が不服そうにうなってみせた。

「咲耶サマはひとこと多いぜ」

とたん、たぬ吉は噴き出し、転転は腹を出して倒れこんだ。一気に室内が、なごやかな雰囲気となる。

咲耶もつられて笑い声をあげたが、それさえも今の咲耶の身体には負担がかかって、脇息にもたれこんでしまう。

「咲耶様!」
< 244 / 451 >

この作品をシェア

pagetop