神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「そういう……御方だったのです。
“国獣”という地位にありながらも、“国司”に屈せず、()の神を尊ばない民に対しても、どこ吹く風といったご様子で……。
型にとらわれないといいましょうか……自由で、気ままなご気性の御方でございました」

要するにワガママってことだろ? という犬朗の率直な感想は、犬貴に黙殺された。

では本当に、沙雪の言っていた通り、道幻は『仮』のまま死んだということになる──結論に時差はあるが。

「でも……あ、こういう言い方が正しいのかは解らないんだけど。和彰のお父さんにあたるのが、道幻なわけでしょ? だったら……」

犬貴が綾乃を慕っていたことを知る咲耶は、気まずいながらも確認をしようとした。ところが──。

「これは私の推論で、確証があるわけではございませんが」

事実を確認するだけのつもりが不確かであると言いながらも、きっぱりとした声音に、さえぎられる。

「ハク様のお生まれに、道幻が関わりあるとは思えません。なぜなら、綾乃様の御心は、他の方のものであったからでございます」
「他の……?」

咲耶の心のうちで、さざなみが立った。理由のない不安な想いをかかえ、思わず訊き返す。

「それは、誰?」

核心をつく問いだと気づいたのは、自らの逸る胸のうちと、哀しい色に染められた黒い虎毛犬の瞳が、同調したように感じたからだ。

犬貴の口が、ゆっくりと開かれる。


「この“下総ノ国”の“神官(しんかん)”──賀茂(かもの)愁月(しゅうげつ)様にございます」





告げられた秘め事は、咲耶の心のなかで、すんなりとなじむものであった。

和彰が『師』と仰ぎ、愁月の屋敷に日々通っていたことも。愁月が咲耶と和彰の行く末を、お膳立てしているように感じたことも。

すべてそれが、犬貴の推論が理由であるというのなら──。

少なくとも咲耶にとって、道幻が和彰の『父親』かもしれないと思った時よりは、違和感がなかった。

「……ああ、そりゃあ……マズイな」

うめくように言った犬朗が、片方の前足で口を押さえた。

「“神獣”と“神官”が恋仲だった、なんてな。この“陽ノ元”全体の制度を揺るがす醜聞じゃねぇか」
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