神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「どうして?」

単純に疑問に思い、咲耶は隻眼の虎毛犬に目をやった。

「どうしてって……ああ、咲耶サマはこっちの生まれ(・・・・・・・)じゃねぇから解んねぇのか」

一瞬だけ、あきれたように咲耶を見返した犬朗だが、すぐに思いだしたように理解を示す。
わずらわしそうに、耳の後ろを()いた。

「まぁ、“陽ノ元(ひのもと)”の言い習わしのひとつだけどな。
『“神獣”の“対の方”は異なる世界の者に限る』っつーのがあってだな。
どこの国でも、きちんと手順を踏んで“(あるじ)”になりえる人間を召喚してるんだよ。

その召喚を執り行うのが“神官”なワケで、その“神官”は、誰よりも“神獣”について詳しいはずなんだ。
──この世界の人間が“対の方”になったって、“神力”は得られねぇってこともな」

最後のひとことは、声をひそめて付け加えられる。

咲耶は、ようやく合点がいった。
つまり──“神獣”にまつわる諸々を誰よりも知る者が、自ら禁を犯すようなものだ、ということなのだろう。

“陽ノ元”において“神官”という地位にありながら“神獣”と深い仲になるということは、『民の恵み』を奪い、何よりも、他の者の信頼を裏切る行為になるのだ。

──人の信頼を裏切る者は、万死に値する。
咲耶が知る、とある作家の言葉だ。咲耶も大いにうなずける言葉であった。

けれども。
咲耶は、人の心が、人が理想とするままに、動くだけでないことも知っている。
……罪だと知っていても、あらがえない想いがあることも。

「だから……犬貴は、今まで自分の心のなかにしまっていたのね? 和彰の出生に関わることを」

目の前の“眷属”に視線を戻し、話の続きをうながす。

「……はい。私は綾乃様より、ハク様の御身をお護りすることを仰せつかっておりました」

それまで黙って聞いていたひざ上の転転が、不思議そうに首をひねってみせた。

「ハク様を護るって、何からさ? そもそも、あたいら“眷属”は、“対の方”さまを護るのが本来の役目のはずだろ?」
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