神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「た、確かに! 僕らの『力』よりも(はる)かに大きな御力をお持ちのハク様をお護りするなんて、おこがまし……い、ような気もしますが、い、犬貴さんや犬朗さんなら、話は別ですよね、ははっ……すすすすみませんっ!」

思わずといった感じで口を挟んだたぬ吉だが、ちらりと向けられた黒虎毛の犬の眼光に、廊下の端まで逃げるように後ずさった。

「……萩原(はぎはら)家にあるっていう“神逐(かむや)らいの(つるぎ)”から──ってことか?」

軽く腕を組んだ犬朗が、眼帯に覆われてないほうの目だけを犬貴に向ける。
それにうなずいてみせ、生真面目な“眷属”はふたたび語り始めた。

「綾乃様は民だけでなく、そのご気性のため官からも疎まれておいででした。
筆頭は、先代の“下総ノ国”の“国司”萩原匡臣(まさおみ)

──自分はどうなろうとも、ハク様には害が及ばぬように。良き縁に、恵まれるように」

そこで一瞬、犬貴の眼差しが、熱を帯びて咲耶を見据えた。

「それが、綾乃様の願いだったのです」

犬貴が和彰の“眷属”となり、咲耶という“主”に忠誠心を見せていた理由。

(そっか……だから犬貴はいつも……)

ひたむきで、時に大仰に思えるほどの表現は、黒い甲斐犬の情の深さによるものだったのだと納得する。

「“神逐らいの剣”は、この世で唯一“神の器”に『再生を許さない傷』をつけることができるもの。
萩原家の者がこの剣を持つからこそ、“下総ノ国”では、“国獣”の地位が“国司”よりも平然と下に置かれているのです」
「そうだったんだ……」

咲耶は、ふと疑問に思い、それを犬貴へとぶつけた。

「再生できないって、私のもつ“神力”でも?」
「……解りません」

申し訳なさそうに、犬貴が目を伏せる。

「過去に『治癒と再生』の“神力”をもつ御方の対となる“神獣”様が、傷つけられたという事例があったかどうか……。
私が知っているのは、“神逐らいの剣”によって“神の器”を()くせば、常世(とこよ)には戻れず、現世(うつしよ)にもいられないということだけです」

ひざ上に置かれた黒虎毛の犬の前足が、何かをこらえるように震える。

「咲耶様……」

落ち着いた声音が苦さを含んだ分だけ、揺れていた。ずっと胸の内に秘め、口にだすのをためらった事実を言葉にしようとする響き。
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