神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
愁月の屋敷を訪れているはずの咲耶が、現在この場所で、犬貴と犬朗から“結界”についての説明と、これまでの経緯を聞いている理由。

「それで……」

虎毛犬たちの説明を聞く間、考えていたことを咲耶は尋ねる。

「『ここから』入りこむことが、一番良いってことよね?」

人ひとりが通れるくらいの間隔で置かれた、二つの石山。咲耶のひざ下ほどの高さしかないそれは、『道なき道の入口』を示すもの。

愁月が、和彰を他者の目に触れさせず自らの屋敷へと通わせるため、また、『人として』行動させるために用意した、直通の『道』でもあるらしい。

街中にある愁月の屋敷の正面突破は、先ほど犬貴が言ったように、付近の住民や建物に、被害が及ぶ恐れがあった。
しかし、和彰の領域内である森と、愁月の屋敷の広い庭をつなぐこの場所からなら。

「……誰も傷つけないで、“眷属(みんな)”も無事に屋敷の内部に入れるように、できる?」

犬貴の真剣な眼差しが『目印』として置かれた小石の山から咲耶へと戻された。

「お望みとあらば」

咲耶の言葉に一礼し、犬貴の片方の前足が上がる。指先が、鬱蒼(うっそう)とした森に向けられた。

「こちらの『道』は、特殊な“結界”のひとつ。空間と空間をつなぎ、本来あるはずの距離を縮めたものにございます。

転々」

犬貴の呼びかけに、キジトラ白の猫が小石の山と山の間を抜けて歩いた。

「このように、選ばれた対象以外が通り抜けても、つながれた空間に行き着くことはありません」
「こ、この場合は、ハク様を除いて、誰もたどり着けない道……ってことですよね?」

確認するように言いそえたタヌキ耳の少年にうなずき、黒い虎毛犬は先を続けた。

「ですが、その『入口』を強引に開き、入り込む手段(すべ)はございます」
「俺の“神鳴(しんめい)剣”と犬貴のもつ“(ちから)”を合わせればな。
ただ、コレだとすんげぇ生命力を持っていかれるから、あんま遣いたくなかったっつーのが本音なんだけどよ」

肩をすくめる犬朗に、咲耶は神妙にうなずく。

「そっか。あなた達に、無理をさせるってことなのね」
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