神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
次いで、犬朗が左前足を目の高さに上げ、大きく振り下ろすと、指の先から白い火花が出現した。
勢いよく噴き出し絡み合いながら、やがてそれは両刃の剣を模したものへと変化する。
「……っし!」
鮮やかな光を放つ剣を手に、その存在を確かめるようにして犬朗が短い声をあげた。隻眼が、黒虎毛の犬に向けられる。
「こっちはいいぜ、黒いの」
「ああ」
応じた直後、白い水干の袂をひるがえし、犬貴の身体が高く宙を舞った。
目に見えない印を空中に描くように片方の前足を振り、着地と同時に低い姿勢でその身を半回転させる。
器用にそろえられた前足の指先が、地面に何かを縫い付けるように触れた。
「時と空間をつなぎ止めしもの、我と我らの“主”の前に、その姿を指し示せ!」
どん、と一度、犬貴の前足が、地に強く叩きつけられる。瞬間、黒虎毛の毛並みと絹の衣が下からの気流に巻き上げられた。
立ち昇るそれが、“結界”の入口を表す垂れ幕のように、辺りの景色を切り取った形で不可思議にゆらめく。
「今だ、赤いの」
「おうっ! ──天の怒りを受け入れろっ! “神鳴剣ッ”!」
ゆらめく『景色の幕』に向かい、犬朗はひとっ飛びで上段に構えた剣を、斜めに振り下ろした。
斬撃は稲妻の発光を放ち、開かれた隙間からは周囲と明らかに違う風景が見てとれる。
刹那、近づいた犬貴の腕が、咲耶の身体を横抱きにした。
「わっ」
「──ご無礼をお赦しくださいませ。参ります」
落ち着いた声音が低く詫び、他の“眷属”らにも視線を配る。
下弦の月のように細く開いたそこへ、軽やかにキジトラ白の猫が飛び込み、俊敏な動きでタヌキ耳の少年が続く。
そして、咲耶を抱きかかえた犬貴が、ひらりと跳躍し通り抜けた。
──一瞬で、違う地に降り立ったのが分かる。
先ほどまで囲まれていた木々はなく、藤棚らしきものがある奥に、寝殿造りの屋敷が見えたからだ。
「ここが、愁月の……」
黒虎毛の犬の腕から下ろされた咲耶は、辺りに目を向けた。
こざっぱりとした印象がある庭木。少し離れたところにも、同じ造りらしい建物が見える。
勢いよく噴き出し絡み合いながら、やがてそれは両刃の剣を模したものへと変化する。
「……っし!」
鮮やかな光を放つ剣を手に、その存在を確かめるようにして犬朗が短い声をあげた。隻眼が、黒虎毛の犬に向けられる。
「こっちはいいぜ、黒いの」
「ああ」
応じた直後、白い水干の袂をひるがえし、犬貴の身体が高く宙を舞った。
目に見えない印を空中に描くように片方の前足を振り、着地と同時に低い姿勢でその身を半回転させる。
器用にそろえられた前足の指先が、地面に何かを縫い付けるように触れた。
「時と空間をつなぎ止めしもの、我と我らの“主”の前に、その姿を指し示せ!」
どん、と一度、犬貴の前足が、地に強く叩きつけられる。瞬間、黒虎毛の毛並みと絹の衣が下からの気流に巻き上げられた。
立ち昇るそれが、“結界”の入口を表す垂れ幕のように、辺りの景色を切り取った形で不可思議にゆらめく。
「今だ、赤いの」
「おうっ! ──天の怒りを受け入れろっ! “神鳴剣ッ”!」
ゆらめく『景色の幕』に向かい、犬朗はひとっ飛びで上段に構えた剣を、斜めに振り下ろした。
斬撃は稲妻の発光を放ち、開かれた隙間からは周囲と明らかに違う風景が見てとれる。
刹那、近づいた犬貴の腕が、咲耶の身体を横抱きにした。
「わっ」
「──ご無礼をお赦しくださいませ。参ります」
落ち着いた声音が低く詫び、他の“眷属”らにも視線を配る。
下弦の月のように細く開いたそこへ、軽やかにキジトラ白の猫が飛び込み、俊敏な動きでタヌキ耳の少年が続く。
そして、咲耶を抱きかかえた犬貴が、ひらりと跳躍し通り抜けた。
──一瞬で、違う地に降り立ったのが分かる。
先ほどまで囲まれていた木々はなく、藤棚らしきものがある奥に、寝殿造りの屋敷が見えたからだ。
「ここが、愁月の……」
黒虎毛の犬の腕から下ろされた咲耶は、辺りに目を向けた。
こざっぱりとした印象がある庭木。少し離れたところにも、同じ造りらしい建物が見える。