神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
やわらかな口調でささやくように告げたのち、(りん)とした声音を放つ。

「“約定の名付け”において真に扱うは、我なり。付した決まりにて、我がもとへと封ずる」

振り向きざま、愁月の手指から数枚の短冊が、ひゅんと勢いよく飛び立った。
“眷属”それぞれの頭上で浮遊すると、そこからまばゆい光が差し込む。さながら、光でできた(おり)に囲まれたかのように。

背後にいた彼らに向かい咲耶がとっさに足を踏み出した時にはすでに、“眷属”は皆、光につつまれ消え去っていた。

「犬貴! 犬朗! タンタン! 転々!」

呼びかけに応じるモノは誰ひとりとして居らず、咲耶の声がむなしく宙を舞う。

あとに残されているのは、薄い紙が四枚。地に落ちたそれらを、無造作に愁月が拾い上げる様を、咲耶は呆然と見つめていた。

「──では、参ろうか、咲耶」

事もなげに微笑む男を、我に返ってにらみつける。

「犬貴たちを、どうしたんですか!」
「……“約定の名付け”を行った同種の札に封じさせてもらった。激情に駆られた“眷属”らの力が、罪のない者に及ばぬようにな」
「だからって」
「“主命”を下し、あのモノらを確実に止めることを怠ったはそなたぞ?
──感情の高ぶりによって、風を巻き起こし雷を落とすことさえ、危ぶまれるモノたちなのだから」

愁月の指摘に、咲耶は歯がみした。図星だ。
けれども、口実ともいえる言い分に、咲耶の気が収まらない。

「衝動だけで、彼らは動いたりはしません!」
「──常ならばそうであろう。だが、いまの“主”の姿を見て、正気でいられるかは難しかろうな」
「……え……?」

淡々と話す愁月に、咲耶は思いきり顔をしかめた。愁月の言葉が指す彼らの“主”が咲耶ではないことに気づいたからだ。

吐き気がしそうなほどの嫌な予感に、咲耶の呼吸が荒くなる。

「かず、あき、は……?」
「──のちほど、必ずそなたと対面させることを約束しよう。その前に、こちらへ付いて参れ」

愁月の顔から笑みが消える。
表情のない(おもて)は、咲耶を惑わす言動を繰り返した今までよりは、なぜか信ずるに足るものに思えた。
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