神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「──その通り。これは綾乃の“神ノ器”だ」
「肉体って、ことですよね? それが、どうしてここに……?」

頭のなかの情報を整理しながら確認をしたものの、さらなる疑問符が浮かびあがってしまう。

「え、でも待って。それなら私が見た人は、本当に綾乃さんなの……?」

咲耶の目の前にいる人物と、あの時、咲耶と和彰の前に現れた人物が、同一人物ではないように思えてくる。
それは単純に、眼差しの強さの有無かもしれないが。

(よくよく思いだしてみると、もう少し大人びてたような気もするし……)

「“神獣ノ里”で出会ったというのなら、綾乃であろうな。今の綾乃は、常世(とこよ)にも現世にも居れぬ存在ゆえ」

咲耶の不審をよそに、愁月があっさりと断定する。付け加えられたひと言に、咲耶はこめかみを押さえた。

「常世にも現世にもいられないって……まさか」

昨日、犬貴から聞いた“神逐らいの剣”の話。“神ノ器”に唯一、再生を許さない傷をつけることが可能だと、言っていなかったか?

(私の“神力”でも再生できないのかって、私、犬貴に訊いた……)

愁月の顔に、ふたたび微笑が浮かぶ。咲耶の思考を読み取ったように。

「そう、この傷痕は“神逐らいの剣”によって付けられたもの。
綾乃は、再生を許さないと言われる剣に、魂魄を切り離されてしまったのだ。
この“神ノ器”に宿るは(はく)──“核”と呼ばれる生命の源があるのみ。そなたが出会った綾乃は(こん)──“精神体”だ」

咲耶にも解るようにとの配慮からか、説明しながら話す、愁月の言葉の行き着く先。

「私に……綾乃さんの『再生』を行えってことですか」

咲耶がこの世界にやって来て、和彰の名を呼べるようになってから、繰り返し告げられる自分の利用価値。
それを、今回ほど苦く思ったことはない。

「どうしてっ……」

一度は押さえ込んだ、自分のなかにある、愁月に対する憎悪にも似た憤り。咲耶の身のうちが、燃えるようにたぎった。

「どうして和彰に、あんなことをさせたんですか!
綾乃さんを『再生』させたいのなら、私に言ってくれれば良かったじゃないですか!
それを、こんな風に……和彰や犬貴たちを操って……私を従わせようだなんて……!」
< 266 / 451 >

この作品をシェア

pagetop