神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
禍つびの神獣(かみ)─前篇─
《一》ふたたび、神獣の里へ
寝殿造りの広い邸内には、自分と“下総ノ国”の“神官”である愁月の他に、人は存在しない。
邸の幻をつくりだした者が、護り手である“眷属”たちも排除してしまった。
あまりにも静か過ぎるその異空間で、自らの不自然な息づかいだけが無用に響く。
「……私が“神力”を失っている……?」
言われた内容に、理解が追いつかない。
咲耶は、右手の甲にある白い“痕”に目を向けた。
白い“花嫁”である咲耶と、白い“神獣”である和彰をつなぐ、目に見える“証”。象徴するは、『治癒と再生』。
代行者として得ているはずの“神力”が、いまの咲耶にはないという。
「そんな……何を言ってるんですか」
ぎこちなく笑い飛ばす。これも、愁月お得意の惑わし戦術ではないのかと。
「あんなこと、と、そなたは申したな。ならば、あれが為した行いを目にしたはず。
──人を殺め、血に染まった、白き“神獣”の“化身”を」
にわかに受け入れ難い事実に、呆然と立ち尽くす咲耶を、目を細めて愁月が見上げてくる。
「血の穢れを受けた白虎は、もはや『治癒と再生』を司どる“神獣”たりえない。
代行する者である“花嫁”のそなたに“神力”が宿らぬのも道理であろう」
未だ事態がのみこめずにいる咲耶に、愁月が続けて言った。
「信じられぬのなら、綾乃の“神の器”に、治癒をほどこそうとしてみるがよい。己の身の内に、“神力”がないことを実感できるはずだ」
一瞬、綾乃を『再生』させるため、愁月が咲耶に“神力”がないと思いこませ、けしかけているのかと考えた。
しかし、和彰と“眷属”の身を掌握している愁月が、そのような無駄な策を用いる必要がない。
だとすれば──。
(私の“神力”は本当になくなっているの……?)
半信半疑のまま、綾乃の傍らにひざまずく。刃を受けた痕跡のある首筋へと、右手をかざした。
白い“痕”のある手の甲が熱くなる、“神力”の発動する兆し──。
邸の幻をつくりだした者が、護り手である“眷属”たちも排除してしまった。
あまりにも静か過ぎるその異空間で、自らの不自然な息づかいだけが無用に響く。
「……私が“神力”を失っている……?」
言われた内容に、理解が追いつかない。
咲耶は、右手の甲にある白い“痕”に目を向けた。
白い“花嫁”である咲耶と、白い“神獣”である和彰をつなぐ、目に見える“証”。象徴するは、『治癒と再生』。
代行者として得ているはずの“神力”が、いまの咲耶にはないという。
「そんな……何を言ってるんですか」
ぎこちなく笑い飛ばす。これも、愁月お得意の惑わし戦術ではないのかと。
「あんなこと、と、そなたは申したな。ならば、あれが為した行いを目にしたはず。
──人を殺め、血に染まった、白き“神獣”の“化身”を」
にわかに受け入れ難い事実に、呆然と立ち尽くす咲耶を、目を細めて愁月が見上げてくる。
「血の穢れを受けた白虎は、もはや『治癒と再生』を司どる“神獣”たりえない。
代行する者である“花嫁”のそなたに“神力”が宿らぬのも道理であろう」
未だ事態がのみこめずにいる咲耶に、愁月が続けて言った。
「信じられぬのなら、綾乃の“神の器”に、治癒をほどこそうとしてみるがよい。己の身の内に、“神力”がないことを実感できるはずだ」
一瞬、綾乃を『再生』させるため、愁月が咲耶に“神力”がないと思いこませ、けしかけているのかと考えた。
しかし、和彰と“眷属”の身を掌握している愁月が、そのような無駄な策を用いる必要がない。
だとすれば──。
(私の“神力”は本当になくなっているの……?)
半信半疑のまま、綾乃の傍らにひざまずく。刃を受けた痕跡のある首筋へと、右手をかざした。
白い“痕”のある手の甲が熱くなる、“神力”の発動する兆し──。