神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
愁月から突き付けられた『現実』に、倦怠感に似た思いをいだかされていた。
けれども、椿が差し出す(わん)と、咲耶を見つめるけなげな眼差しに、咲耶の食指が動く。
胃の()がじわじわと暖まりだすと、凍りついていた思考力が咲耶のなかに徐々に戻ってきた。

「……ありがとう、椿ちゃん。ごちそうさま」

小さく笑って礼を言えば、椿は首を大きく横に振った。しばしの間ためらったのち、咲耶を見上げてくる。

「姫さま。わたしでは、頼りにならないかもしれませんが……何があったかを、お聞かせ願えませんか?」
「椿ちゃん……」

“眷属”を封じられ、“神力”を失った事実を突き付けられ……何より、和彰に会えなかった(・・・・・・)ことが、咲耶を強く打ちのめしていた。
しかし、ここにまだ、“花子”の椿が残ってくれている。咲耶は、自分が何もかもを失ってしまったような心持ちでいたことを恥じた。

「これ……見てくれる?」

言って、愁月から渡された和彰の“御珠”だという物と、“眷属”が封じられた札を三枚、椿の前に並べてみせた。

犬貴(いぬき)たちは……この札に封じこめられてしまったの」

精悍(せいかん)な顔立ちの犬、眼帯をした隻眼の犬、タヌキ耳の気弱そうな少年。札には彼らの姿が墨一色の筆で描かれている。
……猫の描かれた物はない。人質ならぬ猫質として、愁月が持ったままだった。

「それから……この、玉は……」

和彰、なの──。そう口にした咲耶の瞳から、涙がひとしずく流れた。
椿が目を見開いて、自らの口もとを両手で覆う。

「そんな……! これが、ハク様だなんて……。いったい、どういうことなのですか?」

咲耶は、愁月から聞いた話を椿に伝えた。

血の穢れを受けた和彰をそのままにしておけば、邪神となり、“神逐(かむや)らいの(つるぎ)”に葬られてしまう。
それを避けるため、和彰の肉体である“神ノ器”と和彰の魂である“精神体”を、愁月が特殊な呪法で分けたらしい。

「では、こちらは……ハク様の御魂(みたま)……お心ということですね?」
「うん……愁月の言うことを全部信じれば、そういうことになるわ」
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