神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「……ありがとう、タンタン。じゃあ、甘えさせてもらうね」

椿から持たされた(ほしい)という飯を乾燥させたものと、たぬ吉が行く道々で手にいれてくれた野草を、川の水を沸かして煮たものが今晩の咲耶の夕飯だった。

ちなみに、火を起こしたのも河原の石を“術”で鍋に変え煮炊きしてくれたのも、たぬ吉だ。

(タンタン、思ってた以上に頼りになる……!)

なんの変哲もない石ころを鍋に変化させたのに驚いて感心する咲耶に、たぬ吉は、
「み、見慣れたものに短時間だけ“変化”させるのは、それほど難しい“術”ではありません」
と、なんでもないことのように応えていた。

(和彰……本当に良い“眷属”を見つけてきてくれたんだね)

“御珠”を入れた懐を軽く押さえて心の内で話しかける。
まるで温石(おんじゃく)を入れた時のような心地よいぬくもりが返ってきた。
そして、その心地よさに誘われるようにして、咲耶のまぶたが重くなり、閉じられた──。


       *


四方を厚い壁で囲まれたここは居心地が良い。洞窟のように薄暗く、不快な風も吹いてこないからだ。

「──あれはどうした」

身体を丸めていると、響いてきたのは、聞き慣れた男の声。対して、応じる女の声は震え、おびえている。

「ぬ、塗籠(ぬりごめ)のなかへ、入られました……」

「この(へや)の惨状も、そなたが負った傷も、あれの仕業か」
「……も、申し訳、ございません……!」
「──……よい。下がれ」

溜息まじりの声がすると、あわただしい衣擦れの音が遠ざかって行く。代わりに、別の足音が近づいてきた。

──警戒する体勢をとる。
かすかに感じとれる、懐かしい匂い。それが、なぜこの男からするのかは、分からない。

「……人の言葉は、理解できるようになったか」

妻戸(つまど)を開け入ってきたのは、この邸の『主人(あるじ)』だ。当人から、そう聞かされている。
そして、何度も繰り返される『音』は次第に自分の耳になじみ、やがてそれは『言の葉』となり解せるようにはなっていた。
< 274 / 451 >

この作品をシェア

pagetop