神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「白虎」
『ハクコ』と男が告げる音は、自分を指すものだ。呼びかけに、目線だけ上向ける。
自分を見つめる男からは、怒りも恐れも感じられなかった。この者は人間でありながら、他の人間とは違う『不可解な気』を放ってくる。
「そなたは、人に非ず。しかし、獣にも非ず。だからこそ、“花嫁”が必要なのだ。
人であって人ではない、獣であって獣でもない……それが本質のそなたには。
まずは人に“化身”することを覚えるのだ。よいな?」
言って、男の瞳がこちらをのぞきこんできた。
『けしん……』
自らの内で、男の放った音を繰り返す。
すると、男の細い目が大きく開かれた。次いで、口角が上がる。
「そうだ。己の身を、人の姿に変えるのだ。そこから初めて、そなた本来の『生』が始まるのだから──」
*
不思議な夢を見た。自分でありながら、自分ではない『何者か』になるような夢──。
(なんか、すごく大事なことを忘れているような気分……)
詳しくは思いだせず、思いだそうにも記憶に紗がかかるような感覚。
(もう一回寝たら思いだせるかも……って。そんな悠長なワケにはいかないか)
自分の思いつきに苦笑いしながら、咲耶は寄りかかっていた幹から身体を起こす。
「……お、お目覚めですか? あまりよく、お眠りになれなかったのでは……?」
「ううん、そうでもないよ。夢を見てたくらいだし。昔から、わりとどこでも寝れちゃうんだよね、私」
心配そうに咲耶を見てくる たぬ吉に、おどけて笑う。縮こまった身をほぐすために、大きく伸びをした。
拍子に、咲耶の懐から袱紗に包まれた“御珠”がすべり落ちる。
「わっ……」
下手なお手玉でもするかのように“御珠”を追いかける咲耶の前で、たぬ吉が地に落ちるすんでの所で受け止めてくれた。
どうぞ、と、両手で返される。
「ありがと、タンタン。……ごめんね、和彰」
蒼白い玉に向かい謝る咲耶に対し、たぬ吉が思いきったように言った。
「あ、あの、咲耶様っ……。よよ良かったら、あの、こちらをお使いください!」
『ハクコ』と男が告げる音は、自分を指すものだ。呼びかけに、目線だけ上向ける。
自分を見つめる男からは、怒りも恐れも感じられなかった。この者は人間でありながら、他の人間とは違う『不可解な気』を放ってくる。
「そなたは、人に非ず。しかし、獣にも非ず。だからこそ、“花嫁”が必要なのだ。
人であって人ではない、獣であって獣でもない……それが本質のそなたには。
まずは人に“化身”することを覚えるのだ。よいな?」
言って、男の瞳がこちらをのぞきこんできた。
『けしん……』
自らの内で、男の放った音を繰り返す。
すると、男の細い目が大きく開かれた。次いで、口角が上がる。
「そうだ。己の身を、人の姿に変えるのだ。そこから初めて、そなた本来の『生』が始まるのだから──」
*
不思議な夢を見た。自分でありながら、自分ではない『何者か』になるような夢──。
(なんか、すごく大事なことを忘れているような気分……)
詳しくは思いだせず、思いだそうにも記憶に紗がかかるような感覚。
(もう一回寝たら思いだせるかも……って。そんな悠長なワケにはいかないか)
自分の思いつきに苦笑いしながら、咲耶は寄りかかっていた幹から身体を起こす。
「……お、お目覚めですか? あまりよく、お眠りになれなかったのでは……?」
「ううん、そうでもないよ。夢を見てたくらいだし。昔から、わりとどこでも寝れちゃうんだよね、私」
心配そうに咲耶を見てくる たぬ吉に、おどけて笑う。縮こまった身をほぐすために、大きく伸びをした。
拍子に、咲耶の懐から袱紗に包まれた“御珠”がすべり落ちる。
「わっ……」
下手なお手玉でもするかのように“御珠”を追いかける咲耶の前で、たぬ吉が地に落ちるすんでの所で受け止めてくれた。
どうぞ、と、両手で返される。
「ありがと、タンタン。……ごめんね、和彰」
蒼白い玉に向かい謝る咲耶に対し、たぬ吉が思いきったように言った。
「あ、あの、咲耶様っ……。よよ良かったら、あの、こちらをお使いください!」