神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「それより──旦那の穢れは、ホントに“神獣ノ里”に行けば(はら)えるのか?」

咲耶の首にかかった“御珠”の袋を、犬朗の隻眼が不審そうに見やる。
粗方は雉草に事情を話す流れのなかで犬朗にも伝わっているはずだが、詳しい状況は伝えきれてはいなかった。

「それは間違いないと思う。なんだかんだで愁月は綾乃さんの『再生』を望んでるように見えたし」
「咲耶サマに“神力”がないっつーのは、愁月も誤算だったってコトか。で? 旦那の肉体……“神ノ器”はどうなってるんだ?」

平坦な道から、また、険しい山道へと足を踏み入れていた。
犬朗の片腕に軽々と持ち上げられたのち、咲耶は犬朗に手を引かれながら山道を登る。

「……愁月が、浄めてくれた、みたい。一応、ヘンなモノに、()かれないように……“結界”のなか、に……入れてあるっ……て」
「ふうん。まぁ、それは信じるしかねぇか。──だいぶ息が上がってきたみたいだし、そろそろ休むか、咲耶サマ?」

犬朗の気遣いに、咲耶は首を横に振った。
まだ陽は高い。陽が暮れるまでに、できるだけ“神獣ノ里”に近づいていなければ──。

「無理して先急いで、身体こわしたら元も子もねぇだろ。……そんなん、旦那だって喜ばねーよ?」

ひょいと咲耶の身体を持ち上げると、赤虎毛の犬は自らの肩の上に担ぎ上げた。そのまま、とんっ、と、軽く跳躍する。

「わっ」
「──……っし。暴れるなよ、咲耶サマ? 落ちたいなら別だけどな」

咲耶を後ろから抱きかかえる形で大木の枝もとに腰かける。かすれた声音が告げる意味に、咲耶の身体が硬直した。

(た、高っ……)

安定感のない枝の上。高所恐怖症の咲耶にとって、柵や手すりのない高い場所は、無駄に心拍数を上げてくれる。

「……お、意外に静か。咲耶サマ、高いとこダメなんだよな?」

くっ……という押し殺した笑い声が背後でした。
咲耶は、自分の身体に回された犬朗の両腕にしがみつくことで、落ち着かない気分を振り払う。

「もう! いきなりなんなの? 遊んでる場合じゃないのに!」
「……んな怒るなって。ほら、良い風吹いてきただろ?」
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