神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
『えっ。私は……』
「妖にしては霊力に乏しいな。自己を形作ることもできぬようであるし」
不可解なことを探ろうとして、眉をひそめるさま。見慣れた表情に、咲耶の胸がつまる。
(逢いたいって思ってたから、夢で逢えたのかもしれない)
咲耶は彼に近づき、手を伸ばした。たとえこれが夢だとしても、たとえ咲耶を知らぬ者として扱われたとしても。
『逢えて良かった……。ずっと、逢いたかったんだよ?』
「逢いたかった?」
咲耶とそれほどに違わない背丈。返される言葉には、純粋な問いかけのみが感じられた。
『うん。逢いたかった。だから、人の姿でいるあなたに逢えて、良かった』
夢だと思えば思うほど、はかなく消えてしまいそうな彼の姿に、咲耶は言葉を重ねる。
そうすることにより、夢が持続しそうな気がしたからだ。
『だから、必要ないなんて言わないで。人の姿でいても、獣の姿でいても、私はあなたが──』
咲耶の目には映らない自らの手が、先ほどまで己だと思っていた存在に触れようとした時。
「ハクコ」
男の声が割って入った。呼びかけは、有無を言わせないものだった。
「何をしている──」
言いかけてやめた抑揚のある声音に対し、咲耶がそちらを振り返る。
狩衣姿の男の目が人間の眼には見えないはずの咲耶を正確に捕えていた。
「そなたは……そうか、そういうことか」
一人で何かに納得したように、能面のような顔に笑みを刻む男──“下総ノ国”の“神官”、賀茂愁月だった。
「“魂駆け”は生命力をけずるもの。どこから来たかは分からぬが、早く戻ることだ。それが、そなたのためぞ?」
ふいに上げられた指先が、咲耶の眼前で軽く振られる。
「いずれ、また──」
告げた言葉の真意を問う間もなく、咲耶の『夢』は唐突に終わりを迎えた。
*
「妖にしては霊力に乏しいな。自己を形作ることもできぬようであるし」
不可解なことを探ろうとして、眉をひそめるさま。見慣れた表情に、咲耶の胸がつまる。
(逢いたいって思ってたから、夢で逢えたのかもしれない)
咲耶は彼に近づき、手を伸ばした。たとえこれが夢だとしても、たとえ咲耶を知らぬ者として扱われたとしても。
『逢えて良かった……。ずっと、逢いたかったんだよ?』
「逢いたかった?」
咲耶とそれほどに違わない背丈。返される言葉には、純粋な問いかけのみが感じられた。
『うん。逢いたかった。だから、人の姿でいるあなたに逢えて、良かった』
夢だと思えば思うほど、はかなく消えてしまいそうな彼の姿に、咲耶は言葉を重ねる。
そうすることにより、夢が持続しそうな気がしたからだ。
『だから、必要ないなんて言わないで。人の姿でいても、獣の姿でいても、私はあなたが──』
咲耶の目には映らない自らの手が、先ほどまで己だと思っていた存在に触れようとした時。
「ハクコ」
男の声が割って入った。呼びかけは、有無を言わせないものだった。
「何をしている──」
言いかけてやめた抑揚のある声音に対し、咲耶がそちらを振り返る。
狩衣姿の男の目が人間の眼には見えないはずの咲耶を正確に捕えていた。
「そなたは……そうか、そういうことか」
一人で何かに納得したように、能面のような顔に笑みを刻む男──“下総ノ国”の“神官”、賀茂愁月だった。
「“魂駆け”は生命力をけずるもの。どこから来たかは分からぬが、早く戻ることだ。それが、そなたのためぞ?」
ふいに上げられた指先が、咲耶の眼前で軽く振られる。
「いずれ、また──」
告げた言葉の真意を問う間もなく、咲耶の『夢』は唐突に終わりを迎えた。
*