神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《五》恋う眼差し──やっと、逢えた。

鬱蒼(うっそう)とした森の奥、たどり着いた先にその滝はあった。
小さな声ではかき消されてしまいそうな轟音と共に落ちる瀑布(ばくふ)
陽も沈みかけたせいか、急流からは冷気がただよってくる。

「…………滝のなかが入り口なの?」

このような状況下で冗談を言う“眷属”でないことは解っている。
だが、黒虎毛の犬の指が差す位置は、滝壺を示していて、にわかには信じがたかった。

「左様にございます。
日によって変わる“神獣の里”の入り口にございますが、“神官”である愁月様は暦上で変化を知るお方。
咲耶様の足取りなどを計算した上で、こちらを教えてくださったのかと存じます」
「うん、私も……前回の時と同じで……なんていうか感じはする(・・・・・)んだけど……」

第六感的な何かが咲耶に伝えてはくる。しかし──。

(あの時の崖といい、勇気とか決断力を試されてる気がするわ)

げんなりとした気分で、咲耶はすさまじい勢いで直下する水流を見つめた。
『金づち』ではないが、そういう次元の問題でもないだろう。

(たどり着くまでに凍え死ぬか、流されて『どざえもん』になりそう……)

「咲耶様?」

一向に決心のつかない“主”にしびれをきらしたのかと思いきや。
途方に暮れる咲耶をいぶかしげに窺ったのち、犬貴が片ひざをついた。

「お身体に害のないよう、まずは防寒を。お手をよろしいですか?」

深い色合いの瞳が咲耶を見上げ、黒い毛並みの前足が咲耶に差しだされる。……どうやら、凍死の心配はなさそうだ。

東風庇護(とうふうひご)”という、以前、赤虎(せきこ)・茜の屋敷に向かう際に犬貴が施した“術”で、咲耶の身は、あたたかな空気につつまれた心地となった。

「水の流れが強うございますので、私にしっかりと、つかまっていてくださいませ」

先に川のなかに入った黒虎毛の犬に導かれ、咲耶も続く。冷たくはないが水の勢いが、衣をまとった身を押し流そうとした。

ご無礼を、と、短く許しを乞うたのち、咲耶の背に回された犬貴の片腕が、自らに引き寄せる。
勢い増す滝壺のもとへと連れ立たされた。
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