神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
耳朶(じだ)に触れる、忘れようのない低い声音。その響きだけで、咲耶の胸の奥にあるものを、ぎゅっとしめつけてくる。

「咲耶」

名を呼ぶささやきは、すべてを(ゆる)せてしまいそうなほど、咲耶の耳に浸透する。
目を閉じて抱きしめ返そうとした咲耶の手は、滑稽(こっけい)にもすり抜けてしまい、いっそうせつなさが募った。
行き場を失った両手を握りしめ、咲耶は震える想いで問い返す。

「和彰、だよね……?」
「お前に触れることをこれほどに望む者が、私以外に居るはずがない」

強張(こわば)りをほぐすように、咲耶の手に置かれる春風のぬくもり。常に与えられてきた感覚とは違う不思議なものだ。

「私のこと、ちゃんと解ってる……?」

最後に対面した時の、物を見るように咲耶を見た目が思いだされ、咲耶は問いを重ねる。

「不可解で無駄な言動が多く、私を悩ませるのがお前という存在だ。だが、だからこそ私は、お前自身をこれほどにも乞うのだろう」

見当違いなようでいて、真実を射止める解答。
その言葉の意味を同じ魂で聞いたこと(・・・・・・・・・)が、感慨深い。

おそれることなくまぶたを上げ、自らの瞳に待ち焦がれた彼の姿を映しだす。

「和彰……やっと、逢えた」
「ああ」

微笑む咲耶に、同じ熱量でもって応える眼差しが、そこにはあった。
短く素っ気ない相づちでも充分に伝わる、咲耶を『()う』ものだった。




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