神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「こちらが“禊場”。
ケガレ──つまり、気の枯れた(・・・・・)お二方の今の状態を、元の状態に戻す効能をもつ湯ですわ。ゆるりとなされませ」

猪子がひとつふたつと灯りで周囲を照らしながら、咲耶たちを振り返った。
いつの間にか、咲耶の常用着と同じものを手にしている。

「“花嫁”殿には着替えが必要かと。こちらを授けますわね」

呆然とし、言われるがまま受け取る咲耶に微笑んでみせると、猪子は闇の向こうに消えてしまった。

「…………えっと」

だいぶ明るくなった洞窟(どうくつ)内を、咲耶は落ち着かない気分で見回す。

ゴツゴツとした岩と岩の間から、流れ落ちる乳白色の湯。年月をかけて削られたらしい湯の溜まり場は、面積にして六畳ほど。
横長に広い大浴場を咲耶に思わせた。

「ここに……入るの?」

想像していた『(みそぎ)』とは違うことに、とまどいを隠せない。和彰があっさりと肯定した。

「猪子の言った通りだ。(けが)れとは、本来あるべき気が枯れた状態をいう。
それを補うことができるのが、この湯だということなのだろう」
「うん、それは分かったんだけど……」

湯に浸かるのに、衣服を脱ぐのは当然だ。
だが、周囲を岩石に覆われているとはいえ、得体の知れぬ土地で裸になるのには抵抗がある。

(でもって、側では和彰がガン見だし……)

「か、和彰は、見てるだけだったりする……?」
「実体のない私が湯に浸かることは無意味だ」

薄々そんな気はしていたのだが、やはり和彰にうなずき返されてしまった。

「じゃあ、あっち向いててもらっていい?」

何をいまさらと思われるのを百も承知で言ったのだが、特に反論もなく和彰は咲耶に背を向けた。

(考えてみると、三日もお風呂に入ってなかったんだよね……)

自らの衣をよくよく見やれば、汚れていたりほつれていたりと、何やらみすぼらしい。
この状況下、禊という名目で湯に浸かれるのは大変有り難かった。

咲耶は気持ちを切り替え、手早く衣服を脱ぎ捨てる。それから、湯の温度を確かめつつ足を浸けてみた。

「──わっ……!」
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