神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
白濁した湯は、なかが見えにくく咲耶としても慎重に入湯したのだが。
思ったよりも深さがあり、気づけば一気に肩口まで湯に浸かっていた。

「……お前は、どうしてそうそそっかしいのだ?」
「だって、温泉ってフツーそんなに深くないイメージが……──」

言いかけて、咲耶の身体が硬直する。目測と違ったにもかかわらず、咲耶が後頭部を岩にぶつけずに済んだのは。

「か、和彰! どうして……ってか、裸ッ!?」

背後からかかった低い声音と支えられた肩に置かれた感触。振り返ってすぐ側にいる和彰の姿に、咲耶は動揺を隠せない。

気恥ずかしさに、あわてて前へと身体は向き直りながらも、わずかに視線を和彰へと向ける。

「湯に浸かるのに衣をまとったままでいるのは不自然だ。消した」
「消したって……あれ? これ、和彰の手、だよね……?」

人肌のそれを感じ、咲耶が指摘するも、当の和彰も困惑したように咲耶の肩から手を離す。その手を湯に浸け、軽く握った。

「……なるほど、そういうことか」

ぽつりと和彰が何かに納得したようにつぶやく。訳が解らない咲耶は、説明を求めた。

「なに? どういうこと?」
「──ずっと、お前の目に映りお前に私を感じて欲しかった」

ささやきと共に後ろから回された和彰の両腕が、咲耶を囲う。肩に置かれた重みと束縛に、いやが上にも咲耶の鼓動が速まった。

「あ、あのっ、和彰? いまって確か禊中──」
「お前に与えるこの感触は擬似的なもの。それでも、私はお前に伝えられる手段があれば、それを行使したいのだ」

言いかけた咲耶の唇に、湯の熱に触れた和彰の長い指が置かれ、輪郭をなぞっていく。

「……駄目か?」

真横から咲耶をのぞきこむ、青みを帯びた黒い瞳が伝えてくるもの。

(……情欲の塊だ、私)

苦笑いで自虐的に思う。
つい先ほどまでは、裸になることすらためらっていたはずなのに。言葉通りに、感じさせて欲しいと願う自分がいた。

「ダメじゃないよ、和彰……」

唇も指も、素肌が感じる人肌の熱も。それらがすべてそれ(・・)と似せてみせた幻想のようなものであったとしても。
──寄せ合う想いだけは本物なのだと、ふたりでつむぐ時間だけが、知っていた。





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