神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
愁月の言葉は正論だ。咲耶も以前そう思って、和彰の助けを拒んだことがある。けれども──。

「だが私は、お前が考え無しに私を呼び寄せたりなどしないことを知っている。……私自身が、歯がゆく思うほどに」

向けられる微笑みは、愛しさと寂しさの半ばにあるもので。咲耶は思わず、自らの手にある和彰の指を強く握り返した。

「師との言い争いの最中、お前の()が何者かに隠されてしまった。
お前の行方を探り当てるには器が邪魔だった。だから、器を置き去りにし、お前のもとへと“魂駆け”したのだ」

肉体を離れ、魂だけの存在となり、咲耶の夢のなかに来てくれた和彰。
しかし、それが愁月の思惑に利用されてしまったのだとしたら。

「私の器は、師によると『邪悪なモノ』に憑かれやすい。
案の定、良くないモノに占有されてしまい、私は、器という拠り所を無くしてしまった」
「……え?」

咲耶の思考が混乱をきたす。てっきり愁月の元にあると思っていた和彰の肉体だが、行方知れずということなのか。

「じゃあ、和彰の身体は、いまはどこに──」

言いかけて、思い直す。

(でも、待って。和彰の言うことが本当とは限らないよね)

愁月にそう思いこまされている可能性もある。そしてそれは、咲耶も同じことだ。

(あの時、ちゃんと和彰の“神の器”を、確認させてもらうんだった)

和彰の“御珠”を見せられて、動揺のあまり、そこまで気が回らなかったのは咲耶の手落ちだろう。

「今は師の元にある。
“魂駆け”で生命力の衰えた私に代わり、占有していたモノを(はら)(きよ)めたのち、保護してくれたと聞いている」
「そう……それなら、良かった」

相づちをうちながら、咲耶は別のことを思う。

和彰が生命力を奪われた直接の原因は、道幻を手にかけ血に染まったことによる穢れのためのはず。
問題は、それが和彰の意思によるものでないことなのだ。

(愁月は、どうして和彰の身体を操るような真似をしたんだろう)

咲耶には、道幻の殺害は愁月にとっても、望まない結末だったように思えてならなかった。

「──咲耶。何か気がかりなことでもあるのか」

端正な顔立ちが間近でくもる様を見て、咲耶は思いをめぐらすのをやめる。
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