神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
セキコは書いていた和紙をグシャグシャと丸め、ぽいっと放り投げる。くずかごを手にした菊が、寸分狂わず受け止めた。

咲耶は、ここへ来る途中に出会った男の子の父親を思いだす。……確かに、セキコの言う通りだろう。

「でも……そういう恩恵って、私のいた世界じゃ『天の恵み』ってことで、人の力の及ばぬところから受けるもの、って、考え方でしたけど。
ここでは……というか、セキ──(あかね)さん達に、何か特別な力とかって、あるんですよね?
犬貴が神力がどうのって、言ってたくらいだから」

「ん~……まぁ、あるといえばあるし、ないといえばないのよねぇ、【アタシ達には】」

筆を手にしたまま、セキコこと茜は、脇息に頬づえをつく。

「……ないんですか? 変な──じゃない、人語を話す猿を配下にしたり、綺麗な虎に変わったりする力は、あるのに?」

咲耶が「綺麗な虎」と言った瞬間だけ、わずかに眉を上げた茜だが、おどけるように肩をすくめた。

「残念ながら遣えないのよね~、民が期待するような神力は。咲耶のいう通り、【変な】猿や犬やきじを配下にすることは可能だけど。
──だから、アンタ達“花嫁”が必要になるってワケ」

「えっ……」

ぴたりと咲耶に筆の先を合わせ、茜が真顔になる。ふたたび、和紙を取り上げ、(すずり)に筆をつける。

「アタシ達にはそれぞれ、司る“役割”がある。

『赤い神の獣』は、懐胎と生を。
『黒い神の獣』は、破壊と死を。
『白い神の獣』は、治癒と再生を。

民が望めば、それぞれが与えることになっているわ。だけど」

茜は、口にした言葉を短く記していく。咲耶は耳で聞きながら、目で確認した。

「“役割”は、アタシ達が行えるものじゃない。
行うのは、『神の獣の伴侶』……つまり、“花嫁”が代行することになっているの。
正確には、“花嫁”の意思でしか扱ってはいけない力──咲耶が言ってた意味の“神力”は、これに相当すると思うわ。
だから【アタシ達には遣えない】って、言ったのよ」

「えーと……」

頭のなかで、いままで得た情報を整理しながら、ふと疑問に思ったことを言おうとした瞬間、室内に第三者の可愛いらしい声が、響く。

「あんた、もうハクとヤッたの?」

……不つり合いな、内容と共に。
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