神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
まぶしさに目を細めていると、猪子からそんな声がかかる。
いぶかしく思う咲耶の首の後ろに両手を伸ばし、猪子は、にっこりと笑ってみせた。

「現世と“神獣ノ里”の狭間に、落ちていましたの。“主”想いの良き“眷属”の匂いがいたしましたわ。
だからわたくし──」

猪子の指先が、咲耶の首に何かをかけ、離れる。

「元通りにして差し上げましたのよ」

心優しいタヌキ耳の少年・たぬ吉がくれた、“御珠”入れの袋だった。

(うわぁっ……)

玻璃(はり)の玉へと変わってしまった和彰を憂い、手作業をしてくれた“眷属”。
大切な想いを無にしてしまった気がしていたが、こうして手元に戻ってきたのは何よりだ。

「ありがとうございます! 無くしてしまったと思ってたので嬉しいです!」

握りしめていた和彰の“御珠”をふたたび袋に入れる。帰りの道を思えば、さらに胸もとに忍ばせておくのが懸命だろう。

「咲耶殿」

ふくふくとした手のひらが、咲耶の両手をつつみこんだ。猪子の細い目が、強い意志をもって咲耶を見つめる。

「誰かを信じることは、盲目的に疑問をもたずに、相手を受け入れることではありません。
相手の行いを見極め、それでも心を寄せたいと願うこと。それが、信じるということなのです」
「…………はい」

唐突すぎる猪子の助言に面食らっていると、
「では、わたくしはこれで」
と、咲耶の眼前でシシ神の女がパンッ、と、手を叩いた。
それが合図であったかのように、辺りの景色が一変する──大きな滝が、咲耶の目の前にあった。
“神獣ノ里”の入り口へと戻ってきたのだ。

(なんだか、キツネにつままれたみたいだけど……)

夢ではない。咲耶は和彰と再会を果たし、元の姿で会うことを約束した。

(……うん!)

刻まれた和彰の想いは、確かに咲耶の胸にある。あとは、自分がその想いに応えるため、あるべき姿へと戻してやるだけだ。

大きく息を吸い込み、咲耶は忠実な下僕(しもべ)である黒い甲斐犬を呼ぶ。

「犬貴!」





久方ぶりに操られる自らの肢体は、人とは思えぬ身のこなしで野山を駆ける。

(やっぱり、犬貴が一番、私の身体を上手く使いこなしてくれてる)
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