神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
すべての“眷属”に身を預けた今ならば、解る。
咲耶の身体能力の限界を見極め、さらに、咲耶自身に負担がかからぬように防衛手段を用いてくれているのだ。

『……恐縮にございます』

ためらいととまどいの入り混じった()が返され、咲耶の身の内が一瞬にして火が灯ったように熱くなる。

(わ、そうだった! お互いの意識が筒抜け状態なんだっけ)

咲耶のあせりに似た照れくささと犬貴のそれが同化する。互いに気恥ずかしい思いをいだいたようだった。

ややしばらく微妙な心地のなか、犬貴に身を預けていた咲耶であったが。
春のあたたかな空気から、冬の()てつく空気のなかへと突然、放り込まれたかのような緊張感が、(おの)が身をつつみこんだ。
同時に、前進していた身体が、後ろへと跳ぶ。

──空を裂くような音がした。直後、目の前の地面に、いくつもの矢が突き刺さる。
仰ぎ見た咲耶の頭上、若葉繁る緑の向こうから、大量の石つぶてが落ちてくるところだった。

「なっ……」

驚く咲耶の内心に反し、咲耶の片手が真上にぐるんと大きな円を描く。とたん、重力に逆らい、小石の雨がはじけ飛んでいった。

「なんなのっ、これ!?」
『奇襲にございます。咲耶様、いましばらくのご辛抱を』

冷静に告げる犬貴に対し、咲耶は状況がつかめず動転する。
しかし、咲耶の肢体を操る“眷属”は、次に起こるだろう事態に対処すべき構えをとった。
すると、雄叫びをあげながら武装した複数の男らが咲耶を取り囲むように下生えのなかから現れた。

ある者は槍を、ある者は剣を。
次々と繰り出される攻撃に、咲耶の身は舞うようにかわし、隙をついては急所に打撃を与える。
息もつかせぬ攻め手を順に沈め、やがて半数ほどに減らした時だった。

「止め止めぇい、止めぬかっ!」

少年の大きな声が遠くのほうからしたかと思うと、凄まじい勢いで黒い塊が咲耶の側に飛んできた。

攻めあぐねる武装集団と咲耶の間に割って入ってきたのは。

“下総ノ国”の黒い“神獣”、黒虎・闘十郎であった。





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