神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《八》天の災い──花嫁殿を、お連れせねばなるまい。

複数の荒い息遣いと、うめき声。どこかで鳥の羽ばたく音がした。

「武官長殿、これはいったいどういうつもりじゃ」

黒いざんばら髪の奥、人懐っこい目の少年の眼差しは、しかしいまは鋭く、集団の中心にいた男を見据えている。

親子ほどの年齢差がある少年の視線に、屈強な男は一瞬だけひるんだものの、すぐさま負けじと闘十郎をにらみ返した。
整えられた口ひげの下の唇を、ひきつらせる。

「それは、こちらの台詞。コク殿こそ、いかなる権限あって邪魔をなさった?」

言い置いて、武官長と呼ばれた中年の男は配下らしい者たちへ目をやり、二三言葉をかけた。

応じた者たちの報告では、負傷者はいるものの、死人は出ていないようだ。
……犬貴があえて、動きを止めるだけに手加減したのだろう。

剣を(さや)に収めはしたが、(つか)に手をかけたまま、武官長が口を開く。

「まがつ神の伴侶をそのままにすれば、ふたたび災厄が訪れましょうや。
それが解らぬコク殿ではありますまい。何故(なにゆえ)、かばいだてなさるのか」

畳み掛けるような男の言葉に、闘十郎は大きな溜息をついてみせた。

「……尊臣(たかおみ)公の命は、捕縛せよとのこと。生死は問わぬとは仰せではない」

「ハッ……、強大な物ノ怪(もののけ)()きのおなご相手に、丸腰で対処せよとは聞き及ばぬが?」

薄気味悪そうに咲耶をちらりと見た男に、闘十郎は懐から折り畳まれた和紙を取り出し突きつける。
いぶかしげに書状らしきものを受け取り、目を通した武官長の顔色が、変わった。

「理解できたかのう? 咲耶はわしが捕縛し連れて行く。
……おぬしには形だけの警固(・・・・・・)を任せようかの」

くるりと咲耶に向き直り、何かを言いかけた少年から、咲耶は後ずさりする。
背後にいる武装した男たちが身構えたのが、咲耶にも分かった。

「どういう、ことですか……?」

眉を寄せる。意味が解らなかった。

“神獣ノ里”からの帰り道、このような待ち伏せをされ、犬貴が護ってくれなければ、咲耶はひどい怪我をさせられていたかもしれないのだ。
“神籍”にあるとはいえ、無敵の肉体ではないのだから。

(いったい、何が起きてるの?)
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