神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
丁寧な語に言い換えても、武官長の目は変わらずに咲耶を見下している。
だが、そんな態度も気にならぬほど、咲耶は困惑していた。

(愁月が私たちを……陥れたっていうの?)

なんのために、どんな得があってそんなことをしたというのか。
考えれば考えるほど、咲耶の思考は絡まっていく。

『咲耶様』

犬貴の呼びかけに、咲耶は一瞬、選択を迫られたのかと思った。
この者たちからひとまず逃れて、反撃の態勢を整えるか否かの。

けれども次に発せられた言葉に、自分にはそんな選択の余地すらない(・・・・・・・・・)ことを、思い知る。

『申し訳ございません、咲耶さ──』

一番頼りにしていた眷属を、封印されてしまう時が、やってきたのだ。
直後、身体が急激に重たくなったように感じられ、咲耶は軽い立ちくらみを起こした。
気づいたらしい闘十郎の腕が伸びて、咲耶を支える。

「……すみません」
「いや、謝るのはわしのほうじゃ。……すまんのう、咲耶」





闘十郎の言葉の意味を理解したのは、四方を囲まれた薄暗く狭い場所で目覚めた時だった。

どこか部屋の一室かと思ったが、ガタゴトと身体の下から伝わる音と振動に、自分が何かに閉じ込められ運ばれているのだと気づく。

牛車(ぎっしゃ)、みたいなもの、かな……?)

窓のような明かり取りの隙間から時折、光が差し込む。
揺れに合わせて動くそれに手を伸ばそうとした時、わずかにみぞおちに痛みが走った。
どうやら、闘十郎に当身(あてみ)をくらわされたらしい。

(動けないほどじゃないけど、身体が重い)

考えてみれば、咲耶の身体は体力作りに費やした時間を上回り、ひと月ほどの眠りについたのだ。
筋力が落ちてしまったのかもしれない。

(どうしよう……)

“眷属”はすべて、愁月によって封じられてしまっている。
和彰は『まがつ神』として扱われ、咲耶自身も、どこかに連れて行かれようとしていた。

(何か、できることは……)

懸命に思いめぐらせる咲耶の耳に、男たちのひそひそ話が聞こえてきた。

「──……本当に大丈夫なのか? 先ほどの鬼神のような動き。到底、普通のおなごとは思えぬわ……」
「コク様がおっしゃっていただろう? すでに憑きモノは落ちて、害はないと」
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