神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「だが、いきなり物見(ものみ)を突き破って、出て来られたりなどしたら……」
「臆病者め。それでも武官のはしくれか。
それより、ハク様の“御珠(みたま)”の行方だ。いくら“神の器”を封じたとしても、災いの元を断たねば意味はないというではないか」

(“神の器”を封じたって……)

和彰の肉体は、どこかに隔離されているのだろうか? そして、尊臣や愁月の狙いは、和彰の“御珠”だというのか。

咲耶は胸元にある、小さく蒼白い玻璃玉の入った袋を取り出した。──もしこれが、彼らの手に渡ってしまったら。

(隠せる場所は……)

移動中だ。不審な動きは見張られているに違いない。だからこそ、男たちの声が間近でするのだ。

(だとしたら)

──咲耶のなかで、ひとつの考えが浮かぶ。それは、()けに等しいものだった。

(私自身に何かするってことは、ないはず)

確証はないが、武官たちを闘十郎が止めに入ったのは、咲耶に危害を加えさせないためだろう。

(ゴメンね、和彰──!)

心のなかで謝って、咲耶は和彰の“御珠”を──飲みこんだ──。


       *


酩酊しているようだ、と、咲耶は思った。なぜなら、視界が定まらず、わずかに吐き気を感じたからだ。
何より、牛車のなかに『いるはずのない人物』が、目に映りこんできた。

「……そなたは私を、どう思うのだろうな」

能面のような顔に浮かぶのは微笑だった。よくよく見れば、その目の奥にあるのは憂いと寂寥(せきりょう)

「恨む感情は、芽生えたか? 憎む感情は、持ち合わせておるか? ……私はそなたに、何を遺せたのだろうな」

こちらに向かい話しかけてはいるものの、答えを期待してはいないような物言い。まるで大きな独りごとだ。

「……っ……だま、したん……で、すか……?」

うまく操れない自らの声は低く、驚く咲耶と同様、目の前にいる人物も驚きの表情を浮かべた。

「そなた……咲耶か」

細い目が大きく開かれたのは一瞬だけ。すぐさま、もとの微笑へと変わる。

「そうか。そなたらを、信じておるぞ」

言って伸ばされた愁月の手のひらが咲耶の目を覆い──そして、白昼夢のような光景は、消え失せた。


       *


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