神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(いまのは……何!?)

愁月が目の前にいたのは解ったが、愁月のほうは『咲耶ではない者』を相手にしているようだった。
この場所ではない、どこか部屋の一室。……あれは、愁月の邸ではなかったか。

記憶をたどる咲耶の身体にひときわ大きな振動が伝わり、牛の鳴き声が聞こえてきた。どうやら、目的地に着いたらしい。

思わず身構える咲耶の前方で(すだれ)が上がると、涼しげな美貌の若い男──いや、男装の麗人が現れた。

「姫、お手をどうぞ」

やわらかな声質でありながら、力強い口調と(りん)とした眼差し。“国司”尊臣に影武者として仕える女性、沙雪(さゆき)であった。

「あの、私……」

心細い思いでいた咲耶は、いたわるようにこちらを見つめる沙雪の手に、自らの手を重ねる。
解決の糸口を求め、すがる思いで見た沙雪の肩の向こう。

「愁月……!」

狩衣姿でたたずむ中年の男が見え、疑問と憤りを抱えた咲耶は牛車から飛び降りた。
が、一瞬前に振り払う形で離したはずの手が、後ろから捕らえられる。

「姫」

空いた片腕に咲耶の腰を引き寄せ、感情を抑えた低い声音で沙雪が言った。

「わたくしに、手荒な真似をさせないでいただきたい」





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