神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
《九》ほんとうの愁月の姿
耳に落ちた声音は鋭く、身体の自由を奪い拘束する力は、咲耶に有無を言わせないものだった。
「沙雪さん……」
背後の男装いの女を見やれば、どちらが窮地に立たされているのかが判らぬほどの苦悶が、面に浮かんでいる。
この状況が沙雪の本意でないことは、一目瞭然だった。
「大人しく、します。だから……」
息が詰まる。沙雪が咲耶に無理強いをしたくないことは解った。
そして、咲耶が沙雪に逆らってまで愁月を問い質すことが、現状を悪化させるに違いないことも。
咲耶たちから離れた位置に立つ愁月の眼は、冴えた静けさを湛えていた。小鳥のさえずりが響く辺りと同様に、凪いだ表情。
飛びかかり、和彰の“神の器”の在処を訊きたい衝動を抑え、咲耶は努めて冷静に周囲を見回した。
「ここは……?」
「“大神社”内にございます」
咲耶の様子に、沙雪は束縛する力を弱めた。先ほどまで乗っていた牛車の脇にいた武官長に、目配せをする。
目礼後に立ち去った彼に続き、
「……役目は果たした。わしも救済に戻る」
と、咲耶の知る闘十郎とは思えぬ素っ気なさで沙雪に告げ、黒い“神獣”の“化身”は文字通り姿を消した。
砂利敷きの足もとから視線を転じると、右手側には濡れ縁があり、奥に広い座敷が見えた。
間仕切りのない解放された板敷きの空間。そこに座する主を待つかのように御簾は上げられたまま、人の気配はなかった。
「私をここへ連れて来たのは、なんのためですか?」
──返される答えは牛車のなかで聞いた話から想像はついたが、確信を得るために尋ねてみる。
和彰の“御珠”を奪われまいとする気持ちから、自然と咲耶の右手は、胸もとを押さえていた。
「……コク様からは、何も?」
探るようにこちらを見る沙雪に、咲耶は首を横に振る。
「詳しいことは。気づいたら牛車のなかで……。
私、意味が解らないんです。“神獣の里”からの帰りにいきなり襲われて。
そのうえ、地震が起きたのは和彰のせいだなんて、ひどい言いがかりをつけられて……!」
だんだんと、咲耶の語調が荒くなっていく。これまでの経緯を話すうちに、感情がふたたび高ぶってしまう。
「沙雪さん……」
背後の男装いの女を見やれば、どちらが窮地に立たされているのかが判らぬほどの苦悶が、面に浮かんでいる。
この状況が沙雪の本意でないことは、一目瞭然だった。
「大人しく、します。だから……」
息が詰まる。沙雪が咲耶に無理強いをしたくないことは解った。
そして、咲耶が沙雪に逆らってまで愁月を問い質すことが、現状を悪化させるに違いないことも。
咲耶たちから離れた位置に立つ愁月の眼は、冴えた静けさを湛えていた。小鳥のさえずりが響く辺りと同様に、凪いだ表情。
飛びかかり、和彰の“神の器”の在処を訊きたい衝動を抑え、咲耶は努めて冷静に周囲を見回した。
「ここは……?」
「“大神社”内にございます」
咲耶の様子に、沙雪は束縛する力を弱めた。先ほどまで乗っていた牛車の脇にいた武官長に、目配せをする。
目礼後に立ち去った彼に続き、
「……役目は果たした。わしも救済に戻る」
と、咲耶の知る闘十郎とは思えぬ素っ気なさで沙雪に告げ、黒い“神獣”の“化身”は文字通り姿を消した。
砂利敷きの足もとから視線を転じると、右手側には濡れ縁があり、奥に広い座敷が見えた。
間仕切りのない解放された板敷きの空間。そこに座する主を待つかのように御簾は上げられたまま、人の気配はなかった。
「私をここへ連れて来たのは、なんのためですか?」
──返される答えは牛車のなかで聞いた話から想像はついたが、確信を得るために尋ねてみる。
和彰の“御珠”を奪われまいとする気持ちから、自然と咲耶の右手は、胸もとを押さえていた。
「……コク様からは、何も?」
探るようにこちらを見る沙雪に、咲耶は首を横に振る。
「詳しいことは。気づいたら牛車のなかで……。
私、意味が解らないんです。“神獣の里”からの帰りにいきなり襲われて。
そのうえ、地震が起きたのは和彰のせいだなんて、ひどい言いがかりをつけられて……!」
だんだんと、咲耶の語調が荒くなっていく。これまでの経緯を話すうちに、感情がふたたび高ぶってしまう。