神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~

《九》ほんとうの愁月の姿

耳に落ちた声音は鋭く、身体の自由を奪い拘束する力は、咲耶に有無を言わせないものだった。

「沙雪さん……」

背後の男装いの女を見やれば、どちらが窮地に立たされているのかが判らぬほどの苦悶が、面に浮かんでいる。
この状況が沙雪の本意でないことは、一目瞭然だった。

「大人しく、します。だから……」

息が詰まる。沙雪が咲耶に無理強いをしたくないことは解った。
そして、咲耶が沙雪に逆らってまで愁月を問い(ただ)すことが、現状を悪化させるに違いないことも。

咲耶たちから離れた位置に立つ愁月の眼は、冴えた静けさを(たた)えていた。小鳥のさえずりが響く辺りと同様に、()いだ表情。

飛びかかり、和彰の“神の器”の在処(ありか)を訊きたい衝動を抑え、咲耶は努めて冷静に周囲を見回した。

「ここは……?」
「“大神社(おおかむやしろ)”内にございます」

咲耶の様子に、沙雪は束縛する力を弱めた。先ほどまで乗っていた牛車の脇にいた武官長に、目配せをする。

目礼後に立ち去った彼に続き、
「……役目は果たした。わしも救済に戻る」
と、咲耶の知る闘十郎とは思えぬ素っ気なさで沙雪に告げ、黒い“神獣”の“化身”は文字通り姿を消した。

砂利敷きの足もとから視線を転じると、右手側には濡れ縁があり、奥に広い座敷が見えた。

間仕切りのない解放された板敷きの空間。そこに座する主を待つかのように御簾は上げられたまま、人の気配はなかった。

「私をここへ連れて来たのは、なんのためですか?」

──返される答えは牛車のなかで聞いた話から想像はついたが、確信を得るために尋ねてみる。
和彰の“御珠”を奪われまいとする気持ちから、自然と咲耶の右手は、胸もとを押さえていた。

「……コク様からは、何も?」

探るようにこちらを見る沙雪に、咲耶は首を横に振る。

「詳しいことは。気づいたら牛車のなかで……。
私、意味が解らないんです。“神獣の里”からの帰りにいきなり襲われて。
そのうえ、地震が起きたのは和彰のせいだなんて、ひどい言いがかりをつけられて……!」

だんだんと、咲耶の語調が荒くなっていく。これまでの経緯を話すうちに、感情がふたたび高ぶってしまう。
< 308 / 451 >

この作品をシェア

pagetop