神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「和彰が、何をしたって言うんですか! ふ、不可抗力で穢れを受けたから……だから、それを祓うために“神獣の里”に行けって言われて……ちゃんと……、穢れも祓ったのに!」

──元に戻ったらと、ふたりで約束を交わした。
だが、そんな咲耶たちの想いを踏みにじるように、邪神扱いされ、さらには自然災害の原因にされるとは思ってもみなかった。

「こんなの、納得がいきません! 和彰は……和彰に、会わせてっ……──」

感情を抑えて伝えようとした言葉は、それとは裏腹に、咲耶の心を表す悲鳴と成り代わってしまった。
叫ぶように訴えた咲耶を哀れむように見た、沙雪の口が重たく開かれようとした瞬間。

「街では民が地揺れの影響で傷つき、苦しんでいるというのに、己の男に会いたいだと?
……とんだご慈悲の持ち主だな、我が国の白い“花嫁”殿は」

回廊を足早に行く衣擦れと共に、蔑みをはらんだ揶揄(やゆ)が投げつけられる。
その声音に反応し、目の前の沙雪と愁月が、腰をかがめ平伏した。

以前に見た直垂(ひたたれ)姿ではなく、冠に黒い(ほう)、白い指貫(さしぬき)衣冠(いかん)姿で現れた男。
装いが意味するのは、彼本来の地位。

「初めまして、と言うべきか。白虎(はくこ)……いや、まがつ神の伴侶よ」

咲耶を見下ろす傲岸な瞳。つり上がりぎみの眼をわずかに細め、あざけりを含んだ笑みを口元にきざむ。
(たもと)をひるがえし、その場に腰を下ろすと、二面性を持つ男は事もなげに言った。

「お前をここへ呼び寄せたのは俺だ。お前にまだ利用価値があるかどうか、確かめるためにな」

咲耶は歯噛みした。
そう、この男──“下総ノ国”の“国司”萩原尊臣の判断基準は、常にそれしかない。嫌というほど自分は知っている。

「……“神力”ですか。穢れは祓ったので、問題なく遣えると思いますけど」

地震が発生し、負傷者が出たと闘十郎から聞かされてはいた。
しかし、自らの“神力”で苦しむ人を救うという考えに、咲耶が思い至らなかったのも事実だ。

(私は、人としても……“花嫁”としても、失格なのかもしれない)

そんな自分が無性に恥ずかしく、尊臣の言葉が咲耶の胸を深くえぐった。
だが、素直に認められずに反抗的な態度になったのには、理由がある。
“下総ノ国”の長として現れた男を、キッとにらみつけた。
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