神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「邪神だなんて和彰を(おとし)めておいて、今度は和彰の力を寄越せという気ですか!」

──論点がずれているのは百も承知だ。
そもそも咲耶の身に宿る力は、本来“下総ノ国”の者たちに与えられるはずのものだろう。

たとえ、まがつ神と非難されようとも、でき得ることを尽くすべきだ。
胸もとを押さえた右手の甲にあるのは、そのための“(あかし)”なのだから。……解っている。頭では、解っているが──。

ぎゅっと拳をにぎりしめた咲耶の耳に、尊臣のせせら笑いが入りこむ。

「お前のちんけな“神力”で、いくばくかの命を救ってやる気か? 奪っておきながら、与えてやるだと?
ハッ……、笑わせるな」
「──……“神力”じゃないの?」

この男が咲耶をこき下ろすのは、いつものことだ。にもかかわらず、彼の真意が他にあることを示唆する言葉に、咲耶は眉を寄せた。

傲慢な男の表情が、すっ……と、真顔になった。

「白虎とは、何度契った?」
「は……?」
「若ッ!」

男の『影』を務める女が強い口調でたしなめる。
自分の解釈違いかと思ったが、沙雪の様子に、咲耶は改めて羞恥に頬が熱くなった。

「俺が下賤(げせん)な興味で訊いていると思うか? 神代(かみよ)の昔から、ひと晩で何度交わったかが問題になるだろうよ」
「だからといって、そのような不躾な物言いをなさるとは……! 姫の心中も、お察しなさいませ!」
「──……おそれながら」

言い争う男女の主従を、冷静な声音が制するように割って入る。この場で初めて口を開いた愁月に、咲耶は固唾(かたず)をのんだ。

「“花嫁”自身には、まだ兆しも判らぬことかと。私より適任の者がおりますゆえ、確認させましょう」

面を上げた愁月が背後を振り返る。木陰から、まろぶように出てきたのは、いつぞやの小太り“神官”だった。

「た、尊臣様ッ。この度は大役を仰せつかりまして誠に恐悦至極にござ」
「御託はいい。早くしろ」
「はっ、はい! ではっ」

愁月の横で地に頭をこすりつけるように平伏した男に、礼を失する男が先をうながす。
あわてて立ち上がった小太り“神官”が、両手の指で三角を作り、咲耶の身体を見透かすように手と目を動かした。

「……ひ、光が……見えます」
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