神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「──姫……姫! どうぞ、お気を確かに!」
遠くのほうから聞こえる声と咲耶の頬をなでる手の感触に、水底に沈んでいたような意識が浮上する。
「……沙雪さん……」
「姫……!」
ぼんやりと見上げた先の女の表情が、張りつめたものからやわらかな微笑へと変わる。
だがすぐにそれは、ふたたび険しいものへと戻った。
「姫……お気持ちは察するにあまりありますが、どうぞ、ご自分をお保ちくださいませ。
そうでなければ……御身に宿されたお命も危うくされますゆえ」
沙雪の言葉には、これ以上の不幸な出来事が起こらないようにしたいという、祈りに似た響きがあった。
(沙雪さんは私のお腹に“神獣の仔”がいるって思ってるんだ)
疑うことなく。しかし──。
(確かに私もさっきまでは半信半疑だった)
自分の身体のことながら、愁月や尊臣らのやり取りに、もしかしてと思いかけたりもした。
(だけど)
そうと皆に思わせるように、愁月が仕向けたのではないのだろうか。
(愁月は私が和彰の“御珠”を持っていることを知ってるはずなのに)
本来なら真っ先に問いただされるべきことを、誰も咲耶に問わなかった。
その不自然さは、まるで誰かが“神獣の仔”という大義を前に、事実を消し去ってしまったかのようだった。
「姫……?」
「もう……大丈夫です」
いぶかしげな沙雪の眼差しに、咲耶は自分の考えを気取られまいと、小さく笑い返す。
沙雪が咲耶の心と身体を心配してくれたことに対するものであるかのように。
だが、その実は、咲耶のなかで本当に大丈夫だと思える気持ちが芽生え始めていたからだった。
(和彰が信じた人を、私も信じてみたくなった)
幾度も咲耶の身に起きた不思議な感覚。
あれはすべて、和彰の“御珠”──魂を通じて見た真実の愁月の姿に違いないと思えたからだ。
──和彰を通して自分に向けられたのは、愛しいものに対する、眼差しと微笑み。
それが、愁月が今まで為してきたことと、為そうとしていることを、生み出す根源であるはずなのだから。
遠くのほうから聞こえる声と咲耶の頬をなでる手の感触に、水底に沈んでいたような意識が浮上する。
「……沙雪さん……」
「姫……!」
ぼんやりと見上げた先の女の表情が、張りつめたものからやわらかな微笑へと変わる。
だがすぐにそれは、ふたたび険しいものへと戻った。
「姫……お気持ちは察するにあまりありますが、どうぞ、ご自分をお保ちくださいませ。
そうでなければ……御身に宿されたお命も危うくされますゆえ」
沙雪の言葉には、これ以上の不幸な出来事が起こらないようにしたいという、祈りに似た響きがあった。
(沙雪さんは私のお腹に“神獣の仔”がいるって思ってるんだ)
疑うことなく。しかし──。
(確かに私もさっきまでは半信半疑だった)
自分の身体のことながら、愁月や尊臣らのやり取りに、もしかしてと思いかけたりもした。
(だけど)
そうと皆に思わせるように、愁月が仕向けたのではないのだろうか。
(愁月は私が和彰の“御珠”を持っていることを知ってるはずなのに)
本来なら真っ先に問いただされるべきことを、誰も咲耶に問わなかった。
その不自然さは、まるで誰かが“神獣の仔”という大義を前に、事実を消し去ってしまったかのようだった。
「姫……?」
「もう……大丈夫です」
いぶかしげな沙雪の眼差しに、咲耶は自分の考えを気取られまいと、小さく笑い返す。
沙雪が咲耶の心と身体を心配してくれたことに対するものであるかのように。
だが、その実は、咲耶のなかで本当に大丈夫だと思える気持ちが芽生え始めていたからだった。
(和彰が信じた人を、私も信じてみたくなった)
幾度も咲耶の身に起きた不思議な感覚。
あれはすべて、和彰の“御珠”──魂を通じて見た真実の愁月の姿に違いないと思えたからだ。
──和彰を通して自分に向けられたのは、愛しいものに対する、眼差しと微笑み。
それが、愁月が今まで為してきたことと、為そうとしていることを、生み出す根源であるはずなのだから。