神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
するとそこには、髪が乱れ胸もとがはだけた女をかばう中背の男と相対するように、三人の野卑な男がいた。
(この非常時に……下衆が!)
憤る感情以上に他にも山積みの問題があることを考え、虎次郎は男らの背後に忍び寄り、問答無用で襲いかかった。
奇襲は功を奏し、数十秒後には地に転がった男供を手早く縛り上げる。
「わ……なんと卑怯な真似を……」
味方であるはずの男の蛮行に、武官とは思えぬ優男が呆気にとられたように言った。
「うるさい。時間が惜しい」
じろりと自らの二面性を知る男をにらみつけ、虎次郎は短く言い捨てた。
「それより、疾風はどこだ?」
「……居りませんか?」
「分かった。無事に連れ戻せなければ、その首はねてやろう」
「………………善処いたします」
自分の気性をよく知る相手は、顔を強ばらせてうなずいてみせた。
こうなることは予想できたはずなのに、それでも女を救うことを選んだ配下の生真面目さは、虎次郎とて嫌いではない。
(俺の周りは融通が利かない連中ばかりだな)
嘆息する。……だからこそ、己が非情な決断をしなければ物事が進まないのだ。
『虎次郎』という温厚誠実な青年の仮面は、『尊臣』という名でいる時の己の隠れた良心の体現に過ぎない──。
❖❖❖❖❖
“大神社”に戻り、いち下官である『虎次郎』から、この国の長である“国司”萩原尊臣へと装いを変える。
「若」
呼びかけに応じれば、己によく似た男──いや、女が室内に入ってくる。いつになく堅い表情と暗い眼差し。
(“花嫁”と無駄に懇意になるからこうなるんだ)
内心で吐き捨て、けれども、彼女の聡明さに裏付けされた善良なる魂を知るからこそ、側に置いているのは自分だ。
「まがつ神を滅する儀を執り行う。愁月を呼べ」
「お呼びしております。……ハク様も、すでに」
言外に、儀式の準備を着々と進めていることを告げてくる。
心情的には納得がいかなくとも、必要とあらば非情な決断に同意することを厭わない。
それが、自分の『影』を務める最も信頼の置ける者──沙雪という女だった。
「白の姫──咲耶様の身柄の拘束には、武官だけでなく、コク様も向かう手はずとなっております。ですが」
(この非常時に……下衆が!)
憤る感情以上に他にも山積みの問題があることを考え、虎次郎は男らの背後に忍び寄り、問答無用で襲いかかった。
奇襲は功を奏し、数十秒後には地に転がった男供を手早く縛り上げる。
「わ……なんと卑怯な真似を……」
味方であるはずの男の蛮行に、武官とは思えぬ優男が呆気にとられたように言った。
「うるさい。時間が惜しい」
じろりと自らの二面性を知る男をにらみつけ、虎次郎は短く言い捨てた。
「それより、疾風はどこだ?」
「……居りませんか?」
「分かった。無事に連れ戻せなければ、その首はねてやろう」
「………………善処いたします」
自分の気性をよく知る相手は、顔を強ばらせてうなずいてみせた。
こうなることは予想できたはずなのに、それでも女を救うことを選んだ配下の生真面目さは、虎次郎とて嫌いではない。
(俺の周りは融通が利かない連中ばかりだな)
嘆息する。……だからこそ、己が非情な決断をしなければ物事が進まないのだ。
『虎次郎』という温厚誠実な青年の仮面は、『尊臣』という名でいる時の己の隠れた良心の体現に過ぎない──。
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“大神社”に戻り、いち下官である『虎次郎』から、この国の長である“国司”萩原尊臣へと装いを変える。
「若」
呼びかけに応じれば、己によく似た男──いや、女が室内に入ってくる。いつになく堅い表情と暗い眼差し。
(“花嫁”と無駄に懇意になるからこうなるんだ)
内心で吐き捨て、けれども、彼女の聡明さに裏付けされた善良なる魂を知るからこそ、側に置いているのは自分だ。
「まがつ神を滅する儀を執り行う。愁月を呼べ」
「お呼びしております。……ハク様も、すでに」
言外に、儀式の準備を着々と進めていることを告げてくる。
心情的には納得がいかなくとも、必要とあらば非情な決断に同意することを厭わない。
それが、自分の『影』を務める最も信頼の置ける者──沙雪という女だった。
「白の姫──咲耶様の身柄の拘束には、武官だけでなく、コク様も向かう手はずとなっております。ですが」