神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
愁月の手によって、封じられてしまった“眷属”。呼べば……いや、咲耶に危険が及べば、察して現れるはずのモノたち。

「みんなっ……お願い、ここから私を出してっ……!」

自分は何度、彼らに「お願い」と懇願してきただろう。自分は彼らに見合うだけの“主”になれたのだろうか?
自問自答しつつ、繰り返し“眷属”たちの名を呼ぶ。

すっかり闇夜に変わった格子戸の向こうを祈る想いで見つめる咲耶の目に、地を弾む(まり)のような物体が映った。

「咲耶さまぁっ」──可愛らしい声と共に。





突然 現れた存在は、呼び続けた“眷属”だ。咲耶はにわかに信じがたい思いで、キジトラ白の猫を見る。

「咲耶さま、いまそこから出して差し上げますからねっ」

丸い瞳が咲耶を見返し、きらりと光る。
たんっ、と軽く跳躍すると、前足の先で封印符であろうそれを破くようにはがす。
ずっと壊れるほど叩き続けても開かなかった戸が、嘘のように軽く前に開いた。

「転転、どうして……」

あまりにも思いがけずに叶った再会。喜びよりも疑問が先に立ってしまう咲耶に、転転が飛びついてきた。

「咲耶さま、咲耶さまぁっ」

ゴロゴロとのどを鳴らしながら、転転は咲耶の衣に自らの匂いをこすりつけるように頬ずりをする。

「転転、愁月に封じられてたはずじゃ……」
「は、そうだった! 咲耶さま、犬貴たちの札、持ってますよねっ?」
「え? うん、ここに……」

少し冷えた指先にやわらかな猫の毛並みとぬくもりが触れて、咲耶を癒やしてくれる。
ついさきほどまでの追い立てられた感情が、やわらいでいくのがわかった。

「出して、あたいの前に並べてもらえますか?」

言われて咲耶は、素直に虎毛犬たちとタヌキ耳の少年が描かれたものを、懐から取り出す。
するりと咲耶の腕から降りたキジトラの猫が、置かれた札の前で目を閉じた。
直後、開かれたその口からは、転転のものとまったく違う声音が発せられる。

『……“約定の名付け”において、付した決まりの第二条を解く。
すなわちこれをもって、犬貴、犬朗、たぬ吉を“主”のもとへと放つ“(まじない)”とす』

転転の小さな前足が、三枚の封印札を順に弾き飛ばす。

『“解呪(かいじゅ)”』

力強い響きの言葉が転転の口をついて出たとたん、ひらりと浮き上がった札が空中で静止する。
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