神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
音色の合間を縫って、人々のささやき声が聞こえてきた。
石灯籠のわずかな明かりでは咲耶の目にはよくは見えないが、犬貴らの感覚では確かなものがあるのだろう。
「この向こうに、和彰の“神の器”が……?」
皆まで言えない咲耶に代わり、黒虎毛の犬が静かに肯定する。
「左様にございます。……参りますか?」
様々な決断を迫った確認に、咲耶はきゅっと唇を引き結ぶ。
「お願い」
咲耶の言葉に、一斉に“眷属”らが己が役目を果たすべく動きだす。
足早に歩き出した たぬ吉が「変化ッ」という短い語を放ち、姿形を変え堂々たる立ち居振舞いで、咲耶たちの前を行く。
その後ろ姿を追った犬貴の身が煙のようなものに変わり、やがて闇夜に溶けこむようにして消える。
後ろに控えた犬朗が、自らの背に咲耶を担ぎ上げた。
「さてと。俺たちも行くか、咲耶サマ?」
「行こう!」
隻眼の虎毛犬の軽い調子でありながら鼓舞するような物言いに、咲耶も力強くうなずいた。
直後、よく通る、若い男の声が辺りに響く。
「誰ぞの命があってこのような儀式を取り行っておるのだ。
この国の長たる私をさしおき、よもやキツネにでも化かされておるのではあるまいな?」
朗々たる声音を放つのは、官服を身にまとった若さに似合わぬ威厳をもつ青年。
松明の灯りの下、揶揄をはらんだ物言いと姿は、咲耶のよく知る不遜で尊大な男と瓜二つだった。
(タンタンの“変化”の力、本当にすごいな)
犬朗の背にもたれ、共に木陰で成り行きを見守る咲耶は、胸中で感嘆の声をあげる。
案の定、祭壇を遠巻きに囲む人々からとまどいの声が上がり始め、宵闇に溶けこむように流れていた雅楽の音色も、徐々に消え失せてしまう。
──そして。
(やっぱり……!!)
四方にある石灯籠と臨時に置かれたであろう松明のかがり火が、その中央に位置する存在をまざまざと見せつけた。
祭壇の前に横たわる、白い“神獣”の“化身”。和彰の“神の器”が、そこにはあった。
眠っているようにも見える姿は、しかし微動だにもせず、和彰に似せて造った精巧な人形のように、咲耶の目には映ってしまう。
無理もない。あの“神の器”という肉体に宿るべき魂は、咲耶の身の内にあるのだから。
(……っ……)
くらり、と、傾げる上体。咲耶を襲う、何度目になるか分からない、めまい。
石灯籠のわずかな明かりでは咲耶の目にはよくは見えないが、犬貴らの感覚では確かなものがあるのだろう。
「この向こうに、和彰の“神の器”が……?」
皆まで言えない咲耶に代わり、黒虎毛の犬が静かに肯定する。
「左様にございます。……参りますか?」
様々な決断を迫った確認に、咲耶はきゅっと唇を引き結ぶ。
「お願い」
咲耶の言葉に、一斉に“眷属”らが己が役目を果たすべく動きだす。
足早に歩き出した たぬ吉が「変化ッ」という短い語を放ち、姿形を変え堂々たる立ち居振舞いで、咲耶たちの前を行く。
その後ろ姿を追った犬貴の身が煙のようなものに変わり、やがて闇夜に溶けこむようにして消える。
後ろに控えた犬朗が、自らの背に咲耶を担ぎ上げた。
「さてと。俺たちも行くか、咲耶サマ?」
「行こう!」
隻眼の虎毛犬の軽い調子でありながら鼓舞するような物言いに、咲耶も力強くうなずいた。
直後、よく通る、若い男の声が辺りに響く。
「誰ぞの命があってこのような儀式を取り行っておるのだ。
この国の長たる私をさしおき、よもやキツネにでも化かされておるのではあるまいな?」
朗々たる声音を放つのは、官服を身にまとった若さに似合わぬ威厳をもつ青年。
松明の灯りの下、揶揄をはらんだ物言いと姿は、咲耶のよく知る不遜で尊大な男と瓜二つだった。
(タンタンの“変化”の力、本当にすごいな)
犬朗の背にもたれ、共に木陰で成り行きを見守る咲耶は、胸中で感嘆の声をあげる。
案の定、祭壇を遠巻きに囲む人々からとまどいの声が上がり始め、宵闇に溶けこむように流れていた雅楽の音色も、徐々に消え失せてしまう。
──そして。
(やっぱり……!!)
四方にある石灯籠と臨時に置かれたであろう松明のかがり火が、その中央に位置する存在をまざまざと見せつけた。
祭壇の前に横たわる、白い“神獣”の“化身”。和彰の“神の器”が、そこにはあった。
眠っているようにも見える姿は、しかし微動だにもせず、和彰に似せて造った精巧な人形のように、咲耶の目には映ってしまう。
無理もない。あの“神の器”という肉体に宿るべき魂は、咲耶の身の内にあるのだから。
(……っ……)
くらり、と、傾げる上体。咲耶を襲う、何度目になるか分からない、めまい。