神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「大丈夫か、咲耶サマ?」
「咲耶さまっ……!」

咲耶の異変に気づいたらしい犬朗と転々に、強くうなずき返す。……ここで咲耶があきらめてしまえば、すべてが水の泡だ。

「……ほう」

さざなみのように広がった人々の不審と疑念に対し、動揺する素振りも見せずにこちらを振り返ったのは、本物の“国司”萩原尊臣だった。

「誰が仕組んだ余興かはしらんが、まがつ神を滅する儀を中断させようとはな。……いいだろう」

ニヤリと不敵に微笑み、手にした細長い物を己の身を映したような存在へと、放って寄越す。

「“神逐らいの剣”だ。萩原家の正統な剣の継承者にしか扱えないとされる、な。
お前が本物の萩原尊臣だというのなら、そいつを引き抜けるだろう?」

自らに化けた たぬ吉に対し、証明を求めることで自分こそが尊臣本人であることを証明する。
そこに、物事に動じない強かな精神力と、予期せぬ出来事を楽しむ余裕を感じさせ、格の違いを見せつけられた。

「も、“物ノ怪”だ! 尊臣様に化け、神聖なる儀式を邪魔する不届きな輩を即刻、引っ捕らえよ!」

我に返ったように、どこからか声があがる。正体を見破られ、棒立ちになる たぬ吉を捕らえようと、周囲の者らが動いた。

瞬間。地中から黒い煙が立ち上ぼり、風が大きな渦を巻く。

「うわあッ……!」

集まり出した者たちを弾き飛ばす、旋風。衝撃に、幾つもの悲鳴とうめき声が、辺りにこだました。

(犬貴!)

白い水干に身をつつんだ、黒虎毛の犬が姿を現す。恐怖をはらんだどよめきが、場にいた者たちからわきあがった。
そのなかで、人よりも人らしく毅然(きぜん)とした態度で犬貴が言い放った。

「不当な手段で奪われた我が“主”を、返していただく」

衣をひるがえし、和彰の“神の器”へと瞬く間に距離をつめる──はずだった。

閃光(せんこう)が、行く手を阻むように犬貴の左肩を貫く。祭壇のある方角から、続けざま放たれる、まばゆい光の攻撃。

咲耶は思わず、すがりついた犬朗の腕を、ぎゅっと握りしめた。

「犬朗っ……!」
「……咲耶サマ、まだだ」

小声でうながす“主”を、かすれた声音が制する。
その声に苦さが含まれるのは、咲耶同様、黒い甲斐犬をすぐにでも助けたい思いからだろう。
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