神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
(和彰……待っててね、いま助けるから……!)

咲耶は朦朧(もうろう)とする意識の影響で、たたらを踏みながらも和彰の身体に近づき、“神逐らいの剣”によって負わされたであろう傷をのぞきこむ。

「……っ……」

大量出血していないのが不思議なほどに、首筋には大きく裂かれた傷跡があった。
咲耶の脳裏に、以前、愁月に見せられた綾乃(あやの)の“神の器”が浮かんだ。

(いまの和彰の“神の器”は、仮死状態ってことなのかもしれない)

魂魄(こんぱく)を切り離された状態。愁月がした綾乃の“神の器”の説明は、そのまま目の前の和彰にも当てはまる。
違うのは、和彰の場合はあらかじめ愁月が人為的に(・・・・)(こころ)』と『(からだ)』を分けたことだ。

(私のもつ“神力”は、『治癒と再生』)

斬られれば“神の器”でさえ再生を許さないとされる、“神逐らいの剣”。
反して、白い“花嫁”には、死者すら(よみがえ)らせる“神力(ちから)”がある。

まるで『矛盾』の故事を彷彿(ほうふつ)とさせるような事態に、しかし咲耶には、愁月を信じて“神力”を奮うより他に、道は残されていない。

(和彰、お願い、還ってきて……!!)

何より、咲耶自身が和彰を取り戻したいのだ。“神力”を遣うことに迷う理由は、どこにもなかった。

咲耶の右手の甲に刻まれた“(あと)”が熱くなる。いつもより強く感じる熱は、まるで焼きごてでも当てられたかのようだ。

「か……っ、は……!」

込み上げる、吐き気。ぐるぐると回る視界。脳を揺らすように咲耶のなかで奏でられる、不協和音。
ここではない何処か──(うつつ)ではない場所に、連れて行かれそうになる。

「咲耶サマ!」

尊臣と剣を交える虎毛犬から、(かつ)とも言える声が飛んできて、咲耶の身体と心を現実世界に引き戻す。

「だい、じょ……ぶ……やれる、わ……!」

深呼吸をしようと息を吸い込む。が、思うようにいかない。

(私が……私しか、和彰を助けられない……!)

代行する力よりも(はる)かに強大な『神の力』。いま、咲耶の身の内に宿るのは、白き“神獣”の真なる御力(みちから)なのだ。

「……かず、あき」

自分の物ではないような右手を必死で伸ばし、愛しき者の身体にあてがう。
触れる肉体は冷たく硬い。見た目以上に人形のようだ。

「還って……還って、きて。あなたの、身体に……!」
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