神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
咲耶が触れた場所から、みるみるうちにふさがれる傷口。
椿を蘇らせた時と同様、咲耶の手のひらに確かな生命の手応えが伝わってきた。だが──。

「かずあき……?」

鼓動は感じられるのに、和彰の目が開く気配が全くない。

「咲耶サマ、旦那はっ……?」
「どうして……? なんで和彰、目を開けてくれないの……?」
「──無駄だ。“神逐らいの剣”が断ち切るのは、魂魄のつながり、なんだから、なっ。
人の傷や病を()やすのとは、訳が違うっ……!」

剣戟(けんげき)の合間に、急かすように問いかける犬朗と、鼻で笑ってみせる尊臣。
ふたりからかけられる声がやけに遠く感じられ、咲耶は横たわったままの和彰を呆然と見下ろす。

「身体……温かいのに……」

そして、咲耶の内側で荒れ狂った白き“神獣”の甚大なる力は、先ほど奮った“神力”と共に、身の内から消え去っていた。
そのため、信じられないくらいに身体が軽い。

(どうして? 私のなかにあった和彰の力と一緒に、和彰は和彰の身体に、戻ったんじゃないの?)

咲耶は神の現し身であるその身体を、両手で揺さぶった。

「和彰、お願い、目を開けて!」

叫ぶ咲耶の耳に、ひそやかな笑い声が届く。

「……咲耶。そなた大事なことを忘れておるのではないか?」
「え?」

独特の抑揚ある男の声に反応し、咲耶は思わず顔を上げる。気づけば、すぐ側に愁月がいた。
隙をつかれたといわんばかりに、犬朗たちの動きが一瞬、止まる。

「愁月、何を──」
「何度も言わせんなよ? あんたの相手は、この俺だっ」

言葉の勢いのまま、赤虎毛の犬が振り下ろす剣が、稲妻の軌跡を描く。すかさず、衣冠姿の若い男は、舌打ちしながら後ずさった。

「忘れてるって……」

素直に訊き返す咲耶に、“神官”である男は、自らの胸もとに軽く握った拳を置いた。能面のような顔に、微笑が浮かぶ。

(そうだ! “御珠”!)

人形(ひとがた)でしかない“神の器”に魂を吹き込める(・・・・・・・)のは、そなただけ」

告げる言葉が意味するのは、咲耶の身の内にあるあたたかな存在を、本来あるべきところへ戻せということだ。

(……え? でも、それって……そういうコト?)

つかの間、ためらい。そして、開き直る。

(……ああ、もうっ……、いいや、やっちゃえ!)
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