神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「姫さま、よろしいでしょうか?」

間近で不機嫌そうな顔を見せつけられ、咲耶がひるみつつ和彰の両肩をつかんだ、その時。障子の向こう側から声がかけられた。

「構わぬ。入れ」

咲耶が応える前に、和彰が許可を出す。室内に入ってきた椿は咲耶たちを見て一瞬動きを止めたが、すぐににっこりと笑ってみせた。

虎太郎(こたろう)殿よりお預かりいたしました。……失礼いたします」

小さく折りたたまれ結ばれた文を手渡し、椿は早々に退室する。いつもながら、若いのに気が利く少女だ。

(なんか椿ちゃんには、私と和彰って年中バカップルに見られてそう……)

咲耶はあきらめの境地で和彰のひざ上に乗ったまま、虎太郎こと沙雪からの文を開く。はらり、と、零れ落ちる桜の花弁。

『すべて、つつがなく、とどこおりなく』

咲耶にも読めるようにと、仮名で書かれた文字は流麗で、余分な言葉は一切ない。だが、それだけで十分だった。

(良かった……)

開いた文を胸に押しつけると、沈香(じんこう)がほのかに鼻をくすぐった。

「咲耶?」
「……ありがとう、和彰」

何の報せかと窺うしぐさに応え、その首の後ろに両腕を回す。

「“下総ノ国”の人たち、みんな、無事だって」

──『白い神の獣』が、『まがつ神』とされる要因をつくった震災。
負傷者はすべて間違いなく治癒に至っていたと沙雪は伝えてきたのだ。
そして、もうひとつの懸念についても。

権ノ介(ごんのすけ)さんにも、一応あとでお礼言わなきゃ)

咲耶を拉致(らち)し、“花嫁”の“神力”を我が物にしようとした“商人司”。
沙雪から法に(のっと)り処刑すると聞かされた咲耶は、いくつかの条件と共に、減刑することはできないかと要求した。
すなわち、今度の震災で家屋を失った者への救済だ。

貧しい者へは無償で、ある程度余力のある者には無利子で貸付を行うこと。
高利貸しである権ノ介に役に立ってもらうことの方が、法に照らして罰を下すより建設的だろうと咲耶は考えたのだ。

(反対する人もいるだろうし、沙雪さんも法令遵守な人っぽいから難しいかなと思ったけど)

「姫の……白い“花嫁”様の意向であると強調すれば、反対する者も少ないでしょう」

咲耶に向かって微笑んだ沙雪の瞳には、苦い想いが見え隠れしていた。
咲耶に対して──いや、白い“神獣”に対しての罪ほろぼしの意味もあり、尽力してくれたのかもしれない。
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