神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
とまどう咲耶の手を引き、和彰は小石の“結界”の側まで行くと短く命じてきた。
言われるまま目を閉じた次の瞬間、咲耶の身体を強い風が吹き抜ける。自らをつつみこむ空気が変わったのが分かった。
和彰の低い声音が目を開けろと告げるよりも前に、咲耶は目を開いてしまう。
「……わっ……」
視界を埋め尽くす薄紅色の景色。やわらかな風が運ぶ、淡雪のような花びらの舞い。
一本道のそこは、両脇に桜の樹木が立ち並び、今が盛りといわんばかりに咲き誇っている。
幻想的で美しい世界は、この世のものではない気さえした。
呆然と立ち尽くす咲耶に、和彰が言った。
「気に入ったか?」
咲耶を見下ろし満足げに微笑む。大きくうなずいて、咲耶は和彰の腕を取った。
「うん、すっごく。もしかして、ここ和彰のお気に入りの場所?」
「いや」
あっさりと否定し、和彰は上げた指先で咲耶の髪に触れた。ひらり、と、その指先から桜の花びらが放たれる。
「だが、私の心にも桜が咲く日が来ると師が教えてくれた意味が、今、ようやく解った」
感慨深げな口調と咲耶を見つめる穏やかな眼差しに、咲耶はいたたまれずに訊いてしまう。
「愁月、さんのこと……恨んだりしてないの?」
咲耶の言葉に、和彰はわずかに目をみはったが、すぐに微笑を浮かべた。
「……師には感謝しかない。こうして、お前と出逢わせてくれた」
ひんやりとした長い指が、優しく咲耶の頬に触れる。青みを帯びた黒い瞳には、一点のくもりもない。
「……そっか」
なぜだか無性に泣きたい気分になったが、咲耶はそれを隠すように笑ってみせた。
桜並木は愁月の邸へと迷いようもなくつながっていた。
築地がめぐらせられた邸は、人の気配がなく──咲耶の想像通りであるなら、以前に来た『邸の幻』だろうと思われる。
(よし!)
邸内に足を踏み入れようと、気合いを入れた咲耶の前にスッ……と空中を滑るように白い折り鶴が現れた。
『こちらへ』
くるりと方向転換した折り鶴からは聞きなじんだ声がする。咲耶は声に従い、あとを追った。
言われるまま目を閉じた次の瞬間、咲耶の身体を強い風が吹き抜ける。自らをつつみこむ空気が変わったのが分かった。
和彰の低い声音が目を開けろと告げるよりも前に、咲耶は目を開いてしまう。
「……わっ……」
視界を埋め尽くす薄紅色の景色。やわらかな風が運ぶ、淡雪のような花びらの舞い。
一本道のそこは、両脇に桜の樹木が立ち並び、今が盛りといわんばかりに咲き誇っている。
幻想的で美しい世界は、この世のものではない気さえした。
呆然と立ち尽くす咲耶に、和彰が言った。
「気に入ったか?」
咲耶を見下ろし満足げに微笑む。大きくうなずいて、咲耶は和彰の腕を取った。
「うん、すっごく。もしかして、ここ和彰のお気に入りの場所?」
「いや」
あっさりと否定し、和彰は上げた指先で咲耶の髪に触れた。ひらり、と、その指先から桜の花びらが放たれる。
「だが、私の心にも桜が咲く日が来ると師が教えてくれた意味が、今、ようやく解った」
感慨深げな口調と咲耶を見つめる穏やかな眼差しに、咲耶はいたたまれずに訊いてしまう。
「愁月、さんのこと……恨んだりしてないの?」
咲耶の言葉に、和彰はわずかに目をみはったが、すぐに微笑を浮かべた。
「……師には感謝しかない。こうして、お前と出逢わせてくれた」
ひんやりとした長い指が、優しく咲耶の頬に触れる。青みを帯びた黒い瞳には、一点のくもりもない。
「……そっか」
なぜだか無性に泣きたい気分になったが、咲耶はそれを隠すように笑ってみせた。
桜並木は愁月の邸へと迷いようもなくつながっていた。
築地がめぐらせられた邸は、人の気配がなく──咲耶の想像通りであるなら、以前に来た『邸の幻』だろうと思われる。
(よし!)
邸内に足を踏み入れようと、気合いを入れた咲耶の前にスッ……と空中を滑るように白い折り鶴が現れた。
『こちらへ』
くるりと方向転換した折り鶴からは聞きなじんだ声がする。咲耶は声に従い、あとを追った。