神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
邸の奥、庭に面した濡れ縁の柱にもたれるようにして、愁月は腰をかけていた。
白い袿姿に髪を下ろした様は、咲耶に病人を連想させる。

「どこか、お加減が悪いんですか?」

近寄れば、頬はこけ、血の気のない顔をしている。つい一週間ほど前に見た姿からは、想像もできなかった。

「病ではない。当然の報いを受けているのだ」

それでも、咲耶に向かい浮かべる微笑は変わらず、見る者にその心のうちを悟らせないものだった。

「報いって……」
「尊臣様をあざむき、そなたらを意のままに操った。
何より、“神の器”を二柱も手に入れ、身の丈以上の力を奮ったのだ。相応の報いを受けるのも道理であろうな」

おもむろに上げた腕を見せつけるように、愁月の反対側の手がそでをめくる。

黒い縞の紋様が刺青のように浮かび、皮膚は青紫色に変色していた。
いまにも腐り落ちてしまいそうな愁月の片腕に、咲耶は息をのむ。
──神と人に背いた者の代償。

「私に……治させてもらえませんか?」

尋常でない様に、自然と咲耶の口をついて出た言葉。しかし愁月からは、拒絶のそれが返ってきた。

「先ほども申した通り、これは因果応報……天からのしっぺ返しを受けただけのこと。
仮にそなたの“神力”が天の力を上回ったとしても、私は治癒を望まぬ。
望まぬ者に“神力”を与えるのは、そなたの(ことわり)に反するのではないか?」

じっと咲耶を見据える愁月の眼の奥にあるのは、確固たる意志の強さ。
自らの命をもって償おうとする愁月の気持ちを無視して治癒をほどこすのは、果たして正しいことなのだろうか──。

(愁月がしてきたことは、確かに赦されないことなのかもしれない。でも……)

和彰のことを想うと、胸が痛む。だまされ利用されたと知ってもなお、愁月を慕っている白い“神獣”。

「だけど……それなら私だって、途中からあなたの策略には気づいていたんです。
あなたの狙いが解っていながら、逆らわずに動いてしまった」

咲耶も片棒を担いだようなものだ。その点において、咲耶と愁月は同罪だろう。
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