神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「そして、一定の条件を満たした“花嫁”を召喚するため、我ら“神官”が“召喚の儀”を執り行う。

召喚条件は、その者を喚び寄せてもそのことによって異界にもたらすひずみが少なくて済むよう、あらかじめ香火彦様が取り決めたものだ。

ひとつ、慈悲深き者であること。
ひとつ、対となる“神獣”に無いものをもつ者であること。

しかし、この二つの要件は、あくまでもこちら側の都合(・・・・・・・)の問題。最も重要なのは」

よどみなく、何も知らない咲耶に教えながら話す愁月が、そこで声をかすれさせた。続きを言うのをためらうように。

「……親兄弟と、死に別れていることなのだ」

何を言われるのかと身構えていた咲耶は、まばたきをひとつ、返した。ひきつった、嫌な笑みを浮かべてしまう。

「私の……母は、生きています。弟も」
「そうであろうな」
「じゃあ、なんで……」

言いかけて、咲耶は言葉をのみこむ。

確認するまでもない。おそらく愁月が、召喚条件を満たしていないと分かったうえで、あえて咲耶を召喚したのだ。

「だから……謝るっていうんですか……!」

咲耶の声が震えたのは、怒りのためだ。すでに咲耶はこの世界に存在してしまっている(・・・・・・・・・・)。それを──。

「ハクコの“契りの儀”が三度で打ち切られるという事態に、私が召喚する者の条件を変えたのだ。
死に別れた者ではなく……親兄弟から『心が離れている者』に」

憐れむような愁月の眼差しに、咲耶は唇をかみしめる。あの日の自分の境遇と、心持ちを思いだしたからだ。

(二人とも勝手にすればいいって、思った)

投げやりな気分のまま、仲間外れにされたことを、()ねた子供のように恨んでいた。
どうせ自分は独り、あのボロ家で暮らすことになるのだからと。

(あんな家に帰りたくないって、思ってた)

友人や弟に結婚話が出たことに対し、三十路間近の自分はといえば、一生懸命に勤めた職を解雇され、彼氏と呼べるような存在もいない。
周囲の人間から取り残されたような、空虚な思いをかかえていた。

そんな時──召喚された“陽ノ元(ひのもと)”という世界。

(あの日、和彰が……私を必要だって、言ってくれた)

咲耶は、この世界に喚ばれ『何ももたない自分』を必要としてくれる存在に出逢えたことが、嬉しかった。
初めてそんな風に誰かから言われ、とまどいよりも期待に応えたいと思ったのも事実だ。
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