神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
「そなたが喚ばれるのは分かっていた(・・・・・・)こと。召喚前に、私もハクコも、そなたの魂と出会っていたのだからな。……この庭で」

愁月が向けた視線の先の藤棚を見て、和彰の魂と同化し分かたれた時のことが、咲耶の脳裏をよぎった。
月下の庭と、愁月の意味深長な言葉。

「どこから来たのかは分からないが、いずれ、また……って」
「そなたの魂が、“神獣”の加護を受けているのが()えたのだ。それも、白き“神獣”のな。
ならばそれは、この先の未来──ハクコの“花嫁”となる者であろう、と」

卵が先か、鶏が先か、それは解らない。咲耶がここにいること、それがすべてではないのか。

「それなら……私が喚ばれたのは、必然ではないんですか?」

肯定を求めて言った咲耶に対し、愁月は首を横に振る。

「私が条件を偽ったからこそ、そなたはいま、ここにいる(・・・・・)
……香火彦様にそれを知られてしまった以上、そなたは本来あるべき場所へと戻されるだろうな」
「戻されるって、そんなっ……!」

すでに決まったことのように、愁月の声音は揺るぎない。咲耶は、言われたことの意味を考えたくなくて、無理やり声をあげた。

「だって……! 私は、和彰の“花嫁”なんですよ? “神力”も遣えるし……“仮の花嫁”とは違って、簡単には元の世界に戻れないって……」

自分の存在価値を必死に言い募る。だがそれが、自らを苦しめる事実をはらむことに、気づく結果となってしまった。

簡単には戻れない。それは、裏を返せば──。

「先ほども申した通り、香火彦様は時の循環を司るお方。過去・現在・未来を支配される、神なのだ。
そなたのいた異界へ……そなたを召喚した『時と空間』に戻すのは、容易(たやす)いことだろう」

唐突に愁月は咲耶に向き直ると、床に額をつけるように頭を下げた。

「このような結果となり、すまない。すべては私の身勝手が招いた罪。誠に……そなたには、申し訳ないことをした……」

愁月の片腕は、だらりと垂れ下がったまま、身体にあるというだけで、もう機能していないように見える。
その声と姿からは、いつもの飄々(ひょうひょう)とした余裕が感じられない。

初めて本心を語るだろう愁月の姿に、咲耶は何も言えなくなってしまった。恨む言葉も呪う言葉も、罵る言葉でさえも。
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