神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
当然、ここからは『迷路』の一方が行き着く先にあるものが知れる。
赤い鳥居だ。

「あれは、どういう……?」

入口も出口も、森林へとつながっている。そもそも、どちらが入口で出口なのか、咲耶には疑問だった。

「カカ様が、お待ちですわ」

微笑む猪子の言葉に応じるように、水の龍が急降下する。
鳥居のもとで頭を低くし咲耶たちを下ろすと、地面に吸い込まれ消え失せてしまった。

赤い鳥居を見上げ、猪子が柏手(かしわで)を打つ。
小気味良い音が空間を震わせると、天へと繋がりそうな高く長い橋が、一瞬にして現れた。

白木の丸太が連なり、ゆるやかな傾斜となったそれは、(きざはし)のようにも見える。
両端には、ずらりと人影が立ち並んでいた。

「参りましょう、咲耶殿」

驚いて声もでない咲耶の手を引いて、猪子が歩を進める。橋板に足を付けると、歩むことなくすべるように足が運ばれた。

(うわあ……)

そこで初めて、咲耶たちに軽くこうべを垂れたモノらの姿が目に入る。
人に見えたが装いだけで、彼らは皆、動物の頭と手足をもつ異形のモノであった。

ねずみに狼、馬、うさぎ。鹿にカラスに牛、カエル……。咲耶が確認できたのはそのくらいだが、まだまだ他にもいるようだった。

無数の生き物が巫女装束を着こなし、行儀よく咲耶たちを出迎えている。
異様であるはずの光景だが、咲耶は恐ろしさよりもどこか滑稽(こっけい)に感じてしまった。

ホホ……と、猪子が隣で笑う。

「咲耶殿はこのモノらを怖がっておられぬご様子。それどころか、好意をいだいていらっしゃる」
「あぁ、えっと……おかしいですかね?」
「いいえ」

ばつ悪く思う咲耶に、猪子は即座に否定した。おもむろに視線を咲耶から前方に戻す。

「だからこそ、なるべくして“神獣”の“花嫁”となられた……そうとも思えるのです」

咲耶がこの世界に存在することの、肯定とも受け取れる言葉。咲耶は勢いを得て、先ほど言いかけたことを続けた。

「じゃあ、どうして私は、元の世界に戻らなければならないんですか? 香火彦さんが決めたことって、そんなに大事なことですか?」
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