神獣の花嫁~かの者に捧ぐ~
小刻みに震える唇で、咲耶は言った。

「私……もう一度、この世界に……“陽ノ元”に、戻って来られますか?」

シシ神の女は、困ったように小さく息をついた。

「……お約束は出来かねます。ですが、それをカカ様に咲耶殿の口から願うことが、肝要かと」
「香火彦さんに……」

時の循環を司どるという神。“神獣の里”の(おさ)だということは、以前に和彰が教えてくれた。
愁月が『様付け』していたことも考えると、咲耶が考えているよりも高位の『神様』なのかも知れない。

「えぇ。いまのカカ様なら(・・・・・・・・)おそらくは──」

猪子が何かを言いかけた時、咲耶たちがいる場所よりも天に近い橋の上の方から、まばゆい光が放たれた。

「……なに? いまの……」
「ああ、なんてこと……!」

白い輝きに目を細めた咲耶のつぶやきと、猪子のうめき声のようなそれが、重なる。

一瞬のちには、辺りは薄闇に覆われていたが、猪子は上方をにらむように見据えたままだった。
横顔からは先ほどまでにはなかった、あせりが見てとれる。

咲耶は思わず猪子に声をかけた。

「どうかしたんですか?」
「……が、終わってしまった……」
「え?」

よく聞き取れずに、猪子を見つめる。
目を伏せたまま、しばらく何か考える素振りを見せたのち、思いきったように猪子が咲耶に向き直った。

「咲耶殿」

ぎゅっ……と、咲耶の両手を握りしめ、真剣な目をして猪子が言う。

「わたくしが良かれと思って為したことは、無駄になってしまいました。
ですが……咲耶殿が白いトラ神を強く想う気持ちがあれば、その想いこそが咲耶殿をふたたび、この世界へと導くことでしょう」
「……それは、どういう意味ですか?」

あまりにも抽象的で予言めいた言葉に、咲耶はとまどいを隠せない。
自分の命運が、これほどまでに心もとなく思えたのは、初めてのことだった。

(何が、起こったというの?)

薄ら寒い心地でいる咲耶に対し、猪子はお構い無しに話し続ける。

「これから咲耶殿がお会いになるカカ様は、わたくしが咲耶殿にお引き合わせしようとしたカカ様とは、異なる存在なのです」
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